舞踏論   土方巽に捧げる


第22章
 「ラ・アルヘンチーナ頌」

大野一雄と土方巽



「ラアルヘンチーナ頌」と「私のお母さん」は、大野一雄の代表作だ。
どちらも土方巽の振付け・演出による。
30余年をかけて交流した両舞踏家の魂の合作だと言える。
若い土方が20歳の頃はじめて東京に出てきた時、
大野一雄の公演を見て「劇薬ダンスだ」と驚いた。
大野一雄は南方の戦線から復員する途上、
多くの戦友が輸送船上で亡くなり、海に葬られた。
その度に船はボオーッと霧笛を鳴らした。
大野一雄はそれを聴きながら、海中に投じられ海の藻屑となり、
クラゲになった戦友の無念を思って、日本に帰ったら、
彼等のクラゲの踊りを踊ろうと心に決めたという。
若き土方が出会ったのはまさしく大野のそののっぴきならない踊りだった。
その後、両者は必然のように暗黒舞踏派を結成し、30年に及ぶ共闘を開始する。
1977年、大野一雄は人生の結節となる「アルヘンチーナ頌」の振付・演出を土方に依頼する。
「ラ・アルヘンチーナ頌」は第一部、第二部の構成を持ち、第一部は四つの章に分かれる。

1 ディヴィーヌ抄
2 少女
3 日常の糧
4 天と地の結婚、
の4章だ。



土方は、冒頭に、彼の振付で大野一雄が踊った1960年の作品「ディヴィーヌ抄」を引用した。
「ジャン・ジュネの老男娼になってください」と土方が言った。
大野一雄が「なりましょう」といって、
客席から立ち上がって登場するその振付が再現された。
その踊りは、息子の慶人さんが、「一雄の真髄だ。いままでの中の、全部踊った中の
これはかけがえのない真髄です。」というほど見事なものだった。
まずそれを頭に持ってきて、客席から立ち上がって始まる。
そして舞台の上で死ぬ。



死んだ男娼は、シミーズ姿の「少女」になって転生する。
少女もまた、大野の踊りの花の中の花だ。
「生まれる前は男も女もなかった」とは大野の信念である。
男娼から少女へ、土方も大野も踊りの中でn個の性を生きようとした。
死と再生を繰り返しながら転生する生命を踊った。



そして、つづく「日常の糧」では、
裸体の一雄のからだをたっぷり見せる。
71歳の老ダンサーのからだそのものが花に転化する瞬間だった。
序破急の魔術師土方の振付の切れ味の鋭さに
大野一雄自身も踊りながら震え上がっただろう。
長年舞踏を共にしてきて知り尽くした両者だからこそ実現した奇跡だ。



そして、第一部の最後には大きなグランドピアノが舞台に運び込まれる。
「天と地の結婚」だ。
一雄はピアノの前に立ちただ静止する。
身じろぎもしない。
結婚は合一である。
天と地との、魂と肉体との、生命と生命以前のものとの合一である。
バッハの平均率が鳴り渡る。暗転。
第二部のタンゴや花や鳥の踊りは、
「大野さん、好きなだけおやんなさい」と、
土方は大野の踊る魂を舞台に解放した。
大野は50年思い続けたアルヘンチーナになりきって踊る。
死と再生が無数に交錯して、
「ラ・アルヘンチーナ頌」の序破急が成就した。
それは序破急の魔術師・土方巽にとっても最上の序破急だったが、
大野と土方の30年に及ぶ道行がひとつになった瞬間、
もうひとつの「天と地の結婚」だったと言える。





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