舞踏論   土方巽に捧げる

第223章 岡龍二、山崎博昭、山沢夙!

ここで、わたしのなかの「ヘリオガバルス」に触れておかなければならないだろう。
私はこのサイトの記事を、
Livedoorブログの
「生命共振ヒマラヤ」というブログにも掲載している。
ある日ふと、何気にそのブログに来た人の検索キーワードを見て驚いた。

なんと、岡龍二、山崎博昭、山沢夙という何十年も前の名前が上位を占めていた。
岡龍二はわたしの戸籍上の姓名だ。
踊りをはじめて、リゾーム Lee という名に変えるまでは、その名で生きていた。
山崎博昭は高校時代の同級生で、
1967108日に、当時のベトナム反戦・佐藤訪米阻止闘争の中で、
羽田弁天橋の上で命を落とした。
山沢夙は、わたしの高校から大学時代に属していた過激派活動の中でのみ使っていた秘密のペンネームだ。
この名前を知っていいる人間は50年前の同志しかいない。
十指に満たない人数のはずだ。
誰か昔の同志が、ネットを検索してここまでたどり着いてくれたらしい。

古い友よ、今どうしているか。
俺は最大の迂回路を通って、当時果たせなかった世界変革の道を探求し続けているぜ。
戦争という現代最大の暴力は、今日では兵器だけではなく、
原発や、情報管理力に姿を変えて生命をおかしている。
それらの既得権力を守るために一握りの世界資本が国家を維持している。
国家は彼らにとってだけ必要なもので、生命にとってはまったく必要ないものだ。

世界を変えるためには、一見遠すぎる迂回路に見えるかもしれないが、
人間としての自我や自己を沈静化し、生命としての共振を回復することがもっとも重要だ。
国家を支えているのは私たちのなかの「人間」という幻想だ。
人間の自我と、国家とが相補的に支えあっているのが現代の構造だ。
何十年も前にフーコーが発見した支配原理だ。
自我と国家は人類史の無明の時期に同時に生まれ、数千年かけて育ってきた。
一挙同時に死滅するしかない。

昔の運動の中には、自我や自己を消すという発想がなかった。
むしろ覚えたての近代的自我を拡張して闘っていたのだ。
革命政治の中に巻き込まれたとき、私たちの未熟な世代は、
互いに小さな自我を、党派の自我に拡大して内ゲバの殺し合いをはじめて自滅した。
スターリンや毛沢東も彼らの自我を党権力に拡張し、
そしてそれを国家権力に無媒介に拡張してスターリニズムという共産主義の奇形を生んだ。
国家の死滅や、権力の死滅という最終的な目標をどうすれば実現することができるのかという
思想的な見通しがまったくなかったためにそういう陥穽に落ちこんでしまったのだ。

私はあの闘争の敗北の後、その原因を探る暗渠に潜った。
死に物狂いの、しかしまったく成果のない数十年を経た後、俺は40代になってから、舞踏家に転生した。
わたしの処女作となった踊りの真の作者・山崎博昭ややはり若くして内ゲバで死んだ辻敏明とともに世界を踊り回った挙句に、今のヒマラヤ山麓に隠遁の地を見つけた。
それまで毎夜夢枕に立ち、何ごとかを語りかけようとしていた彼らは俺のからだに憑依して踊りまくることで気が済んだのか、夢魔はすっかり消えた。
それが俺のサブボディ(下意識のからだ)との出会いになった。
そこはチベット亡命政権のあるダラムサラという山村だった。
ダライ・ラマやインドの書を読み、瞑想や、自己催眠の方法を学び、
ユングやミンデルやジェンドリンの助けを借りながら、
自分なりにからだを揺らしながら下意識モードのからだになり、
日常意識を消す方法を見出した。
それが今のサブボディ・コーボディ技法の出発点になった。
2005年にここに小さな国際的な舞踏学校を建設し、
いまでは世界各地から熱心な生徒が集まってくるようになった。
彼らはここで、2,3年間、生命の創造性と共振性を発揮する方法を見につけ、
毎年世界に産婆として散っていく。
産婆とは他の人の自我や自己を鎮め、からだの闇に潜んでいる
サブボディの誕生を手助けをする人のことだ。
わたしがここで直接産婆できるのは、
生涯を合計してもたかだか千人に満たないだろうが、
彼らの活動を結ぶ世界的な生命共振ネットワークが生まれつつある。
何人もの古い生徒がすでに世界各地で拠点をつくり活動を始めている。
千人が万人になり、何十万人に増える日も遠くない。
人間としての自我や自己を脱ぎ、
生命としての共振を生きる人々が
地球上に一定程度増えたとき、世界は自ずから変わるだろう。

奴隷制や封建制が人々を支配していた時代のさなかに生きていた人々にとっては
それがなくなることなど、想像もできなかったろうが、それらはあっけなく消失した。
世界中の生命がそんなものは必要ないと感じ共振したからだ。

現代の国家がなくなることを、現代の日常生活に囚われた人々は想像もしないだろうが、
国家もまた時が来れば消失する。
生命にとって必要でないものは、生命共振の力によって消えるのだ。

これがヒマラヤで見出したわたしの迂遠だが
もっとも確実に世界を変えていく世界革命戦略だ。
わたしの中の「ヘリオガバルス」は、いまもなおくすぶって煙を立てている。
不用意な暴発を懸命に細心の注意で避け続ける毎日だ。

こんなことは普段は誰にもしゃべらない。
わたしひとりの胸裏に押し込めている秘密だ。
それをことばにする気にさせてくれたのは、遠い友よ、きみのおかげだ。
きみならわかってくれるかも知れないと、かすかに思った。
死ぬまでもう会うこともないだろうが、元気でやってくれ。

ヒマラヤに来る気になったらいつでも大歓迎だ。
泊まる部屋もある。
朋あり、遠方より来る。また楽しからずや、だ。
数十年ぶりに語り明かそうではないか。


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