舞踏論   土方巽に捧げる

第221章 羅漢、視線、関節の小箱、全体の花、波紋へー重層的に透明化するからだ

17 (羅漢)

    手ぼけの羅漢に虫がつく―小さな花―糸―貝―はかり

 

18 (視線)

    頭のなかと眼のなかを熟視する―その熟視の状態を熟視する―外側からそれを

   眺めれば停止したようにもみえよう―視線へ―細い細い棒へ

 

19 (関節の小箱)

    関節の小箱―ハンス・ベルメール―武将―王女―虎

 

20 (全体の花)

    全体の花と皮膚への参加は均質なものである。

   たれさげられた手の状態で全てが行為された場合の悪夢は裸体特有のものである。

 

21 (はもん)

    背後からも内部からも襲われて、路上の花を摘む

   ふるえて、床にも、空にも、そのはもんは、拡がってゆく。

 

17節の(羅漢)は、踊りの無限重層テクニックに注意を喚起している。

手ぼけの羅漢はもともと手が不随意的に震えている。
その震える手の上にさらに虫がはう。
羅漢の手はもともとの震えに加えて、虫がはうかゆさによって、異なるふるえが重層される。
いきおい複雑な動きになり、外目からは何が起こっているかが判然としない謎と秘密に満ちたものになる。
衰弱体の身体技法は、このように無限に多数多様なクオリアが重層され、融解してひとつになることによって、その秘密を成就する。

18節の(視線)は、微細管理技法をさらに無限細分化していくものである。
視線はひとつの象徴であり、耳を澄ますにおいても、さらに一層微細なクオリアに耳を澄ますこと。動きや顔の表情も無限に細分化し、そして多次元的に重層していく。

19節の(関節の小箱)は、ボトムボディ、あるいはボックスボディになるバリエーションである。
土方は『静かな家』で、実に何回もなにものかによって、箱に押し込められる。
(第7、
ここではそれをさらに、まず、ベルメール(あとのアート舞踏譜参照)で踊りだし、ベルメールが関節を折りたたまれて小箱に押し込められる。
その小箱から、アラジンの魔法のランプのように武将が立ち上がってくる。
その武将も箱に入れられ、王女に変容して立ち現れる。
王女が箱に入れられたあとは、箱の中で虎に変容し、躍り出る。

ベルメールー武将ー王女ー虎という、土方の変幻の序破急をじっくり味わい、学びたい。

20節は、全体の花と皮膚への参加(27節参照)について、述べられる。
この踊りで、土方は多様な目のあり方を展開してきた。

目の巣
複眼
熟視し、その目を熟視し、無限に細分化し、細い細い棒へ


そして、22節では、

「深淵図には複眼よりもむしろ皮膚への参加に注目される」

と、最終的には皮膚の一つ一つの細胞の生命共振にまで細分化され、非二元一如のものとなる。
サブボディ技法でいう<秘膜>としての第二、第三の不可視の皮膜をからだのまわりに幾重にも張り巡らし、微細に共振するからだに変成する。

土方は『静かな家』では手の動きを極力封印し、垂れ下がった幽霊の手で踊り続ける。
そのことで醸し出される陰気な空気こそが、全体の花だといっている。

21節の(波紋)では、<背後からも内部からも襲われて> なにかわけのわからないものに押し出されるように路上の花を摘む。内外を分け隔てる境界は消え、透明ないのちになって、ただ、波紋のような気配が拡がっていく。

土方が究極に目指したのは、そのような透明ななにものかに生成変化することだった。




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