舞踏論   土方巽に捧げる

第220章 踊りの血液

16 場所を変えることの難しさ

 

    体こそ踊り場であろう。手の踊り場、尻の踊り場、肘の裏の踊り場等。

    この場所が持つ深淵は、この踊り場にはさまってくるものを克服し、

    からみつかせる事により成立する。

    例えば、柳田家があり、柳田家の庭にクジャクがいるという事をたいへんに

    貴重なものであるという発見をする。

    また、カン工場という場所は、私にとってなつかしい粉末というものによって

    語られる。

    それらが踊る際の血液になっているのだ。

この節は、「静かな家」の舞踏譜のなかでも、もっとも重要なことが書かれている。
いかに踊りに踊りて自身のいのちの血を通すか。
血が通っていない踊りはただの体操にすぎない。

では、踊りの血液とはなにか?

土方は、からだの踊る場所を変えることの難しさから書き始めている。
舞踏手が使えるものはたったひとつのからだだけである。
それを駆使して、起承転結や序破急の展開を創り上げなければならない。
それにはまず、からだの各部の細胞に耳を澄まし、
各部分に絡みついている忘れ去った記憶や夢や惨劇を思い出し、
それを一つ一つ踊っていくことだ。

それが難しいのは、わたしたちは往々にして一つのことに集中すれば
それだけに夢中になってとらわれるという悲しい傾性をもつ。
その囚われを脱するのが難しいのだ。
一つおクオリアを踊っていても、それに囚われるのではなく、
透明な離見によって、たえず外から自分を見、今踊っているクオリア以外の
背後世界に耳を澄まし続けることが大切だ。
からだの各部、踊り場がもつ深淵とは、そこに挟まり、絡みついてくるものが意識の外、
不可視の異世界からやってくることにある。
それをいかに克服し、踊るか。

からだの各部に絡みついている思い出せないクオリアは、下意識のからだの闇では
ねじれ、押さえつけられ、こんがらがったくぐもりになっている。
そのよじれをおどるときはつねに<よじれ返し>の動きになる。
よじれとよじれ返しを踊っているうちに、ただちにつぎのよじれとよじれ返しに移るタイミングをまつ。
透明離見とは、今現在からだの闇の中で起こっていることにも囚われず、
外側の事情にも縛られず、たえず最適の共振のタイミングや間を見つけることだ。

そして土方の筆は大きく飛躍する。

おそらくある日友人の家に招待されたときの体験であろう。
「やあやあ、いいお住いですな」などと挨拶しながら、
ふと庭を見て、土方のいのちは飛び上がるほどびっくりし、高揚した。
通常の日本の庭にはいるはずもないクジャクがゆうゆうと羽を拡げていたからだ。
土方はその体験によって重大な発見をした。

あるはずのないものにであったとき、いのちがどれほど深く印象づけられるか、
それが<美>の要因であることに。

それ以後、土方が踊る序破急は、つねに誰にも予測できないものになった。
つねにあるはずもないもの、起こるはずもないものを追い求め、
いのちがクジャクに出会ったときの強烈な印象を、観客と共有しようとしたからだ。

これは世阿弥にとっての花が面白しと珍しによって支えられていたことと軌を一にしている。
「秘すれば花。」
きみ自身のいのちが驚き、高揚した瞬間を思い出せ。
それがきみにとってのクジャクになる。

それらは「カン工場」という、土方にとって深い記憶の詰まった場所にたえず立ち返ることから
蘇ってくる。
きみにとってもっとも深い思い出と思い出せないものが詰まっている場所はどこか?
いくつもの記憶の場所をたえずからだの周りに漂わせ続けることだ。
これは、第三部の『病める舞姫』冒頭の、「からだのくもらしかた」の章で、
ふたたび触れることになるだろう。

これら、からだの踊り場、そこにまといつくクオリア、そのよじれ返し、いのちが震えたクジャク体験、カン工場などをからだの各部に通し続けること。
それが踊りの血液だ。


傷という技術と形の戒め


生命共振の歴史は、からだにさまざまな痕跡を残している。
乳児期、幼児期からの個人史は深い外傷体験を刻印している。
それ以前の分娩前後の体験や胎児期は、
もっと深い思い出すこともできない傷を残している。
個人史だけではない。700万年に及ぶ人類史の体験は、
わたしたちの無意識域に元型や祖型情動という刻印を残している。
さらに、わたしたちのからだを構成する100兆個の細胞は、
40億年の生命記憶を保持している。
それらすべてが多次元的かつ非二元一如に共振しているのがわたしたちの生命だ。
舞踏の創造はその生命共振のごくかすかなくぐもりや結ぼれに耳を澄ますことから始まる。
ときにそれらはからだの部分の硬結や癖、習慣となってわたしたちを縛り、
ときに影の人格やトラウマのフラッシュバックという形でわたしたちを見舞う。
それらすべての傷や悩みや問題をひとつひとつに真向かい、解きほぐしていく。
見えない世界によってねじられた生命を<よじれ返し>によって創造に転化していく。
それが共振塾の主な営みだ。
これは土方自身が舞踏を創造するときの秘密でもあった。
土方は書いている。

「踊ることとの関係でからだを考えると、
苦しみとは何かということ、
それはわたしたちの人生の一部だということに本当に気づく。
外から探っても見つからない。
自分自身を掘り下げるという方法以外には、
それを見つける方法はないのだ。」

「舞踏を成立させているものも、やはり傷という技術なのだが、
舞踏はその傷にすでに形(かたち)という戒めを、
告げてもいるのだということを重視する必要もあろう。
体はそのような戒めの形を告げているものを通常見せているのだ。」
(土方巽全集・未発表草稿)


生命にとっての創造はすべて<よじれ返し>だ。
傷を受け、ねじれてしまったた生命は、
長い時間堪えて、それを解放する機会を待っている。
土方のいう<傷という技術>も同じことを指している。
サブボディは生命の自然なよじれ返しの反応として出てくる。
だが、そのままではサブボディはうまく世界と共振できない。
長年からだの闇の狭い場所に押しこめられていたからだ。
サブボディは出てきた当初は赤子同様なす術を知らない。
突然踊りだす奴もいれば、なすすべもなくたたずんでいる人もいる。
大声を放つ奴、暴れだす奴もいる。
そのサブボディたちに最善の共振方法を身につけさせること、
その現れに最適のサイズ、密度、速度などを見つけることが必要だ。
<形という戒め>を与えるという言い方で、土方はその重要性を記している。
ただの野放しの解放では踊りにも美にもならない。
それぞれのサブボディがもつ最適のタイミングと形や密度・速度をみつけて
はじめて踊りの序破急の中でたったひとつの<美>となる瞬間がある。
多次元で共振している生命がほとばしり出るときの、
たったひとつのタイミングをみつけること。
それが土方のいう<形という戒め>を与えることだ。
だが、それは簡単ではない。
土方は<場所を変えることの難しさ>という自戒として
『静かな家』のための覚書に記している。
この節は『静かな家』のエッセンスの中のエッセンスだ。

「場所を変えることの難しさ

 体こそ踊り場であろう。手の踊り場、尻の踊り場、肘の裏の踊り場等。
 この場所が持つ深淵は、この踊り場にはさまってくるものを克服し、
 からみつかせる事により成立する。
 例えば、柳田家があり、柳田家の庭にクジャクがいるという事をたいへん  に貴重なものであるという発見をする。
 また、カン工場という場所は、私にとってなつかしい粉末というものによっ  て語られる。
 それらが踊る際の血液になっているのだ。」


<場所をかえることの難しさ>とは、踊りの自在跳梁(ジャンピング・ワイルド)を管理することの困難を指す。
『静かな家』の最終25,26,27節で示される驚くばかりの多次元自在跳梁に到達するまでに
土方自身が無数の困難に直面し、それを乗り越える必要があった。
ともすればわたしたちはひとつの傷に囚われ、まといつかれる。
だが、それはからだの各踊り場から踊り場へ、めくるめく転換を図ることで
乗り越えることができる。
それぞれの転換のタイミングに、柳田家でクジャクに出会ったときの
意外な命の震えを大切にし、最適の転換や変容を工夫して異次元を自在跳梁すること。
そうなってはじめて多次元かつ非二元域で共振している命そのもののあり方に近づくことができるのだ。
傷の囚われているばかりの自我や自己という人間の軛を脱ぎ、
狭い思考や感情や判断の軛を振りほどいて、
生命にならない限りそれは可能ではない。

今日から生徒たちは十個の囚われやくぐもりなどの問題を掘り始めた。
その作業はこれから二ヶ月続く。
すべての瞬間が自我を脱ぎ、鎮め、生命になる訓練だ。
さまざまなコーボディ世界に出遭い、襲われ、格闘する中で
その踊りは生命の名で呼ばれうる舞踏へと成長していくだろう。
これが今年の本格的な生命の舞踏創造のプロセスだ。










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