舞踏論   土方巽に捧げる

第21章 
舞踏とはなにか?

――舞踏を豊かにする定義と、貧しくする狭い定義
 


「舞踏とは何ですか?」
共振塾の新入生やワークショップ参加者からよく尋ねられる問いだ。
わたしは「定義にはふたつの種類がある。一つは、それを貧しくする狭い定義、もうひとつはそれを豊かにする深い定義です。」と答えることにしている。
狭い定義は舞踏を一定の枠に制限し、もうひとつの定義は、舞踏を生命の創造性の無限の可能性に開く豊かな定義だ。 
「舞踏とは命がけでけでいるの死にもの狂いでつっ立つ死体である。」という有名な定義や、
その他に多くの舞踏家や舞踏研究者がさまざまな定義を試みてきた。
わたしもまた、若いころ、そういう狭い定義をいろいろ試みた。

「土方の舞踏を舞踏たらしめているものが三つある。
1.人間の条件を捨て、死者狂者不具者と共振するからだになる
2.人間界以外の異次元を開畳し、転生する 
3.異界からこの世を見つめる臨生のまなざし」
舞踏論第一部は若いわたしが受けた土方舞踏の衝撃を
なんとか消化しようとする苦闘と我田引水にみちた錯乱の記録だ。

これらの狭い定義は、土方と大野が特定の時期に試みた限られた実験に基づく。
だが、かれらの生涯を眺めれば、それは新しい美を発見しようとする
無限の試みの連続であったことがすぐに分かる。
舞踏のスタイルは時期によってめまぐるしく変化した。
1950年代初期までのモダンダンスの世界内での価値観の拡張の試み。

1960年代のダダやシュルレアリズム、アバンギャルド、ハプニングなどによる現代社会の価値を転倒しようとする実験。

それは1968年の土方のソロ「肉体の反乱」において、
フトドキなまでの攻撃的かつ挑戦的な踊りに結晶した。

だが、1970年代になると土方は打って変わって、衰弱体舞踏を発明し、
その探求に専念する。

そして、1976年から86年の晩年は、『病める舞姫』を中心とした
未踏の<生命の舞踏>の探求に没頭した。

一言で言えば舞踏とは、これまで美とはみなされていなかったもののなかに未曾有の美を発見しようとする永続的な営みなのだ。
これは20年ほど前に、いまはなきサンチャゴ・センペレがふと漏らした言葉だが、こう舞踏を定義すれば、それは生命の底なしの創造性と未知の可能性にたいして舞踏を無限に開いていくことができる。

若いころのわたしは衰弱体のみを舞踏の本質とする狭い定義によって拘束されていた。怖いもの知らずに、自分の意識によってすべてを定義し価値付けしうると思い上がっていた。
だが、実のところそれは生命の無限の深淵について何も知らないことにまだ気づいていない自我の傲慢な幻想にほかならない。
自我は生命という謎への謙虚さを学ぶ必要がある。
だが、それには時間がかかる。
自我を脱ぎ、からだの闇のいのちの深淵への長い長い旅が必要なのだ。

今、わたしたちは、つぎのような定義によって舞踏を無限に豊かにしていくことができる。

舞踏とは誰もが美だと気づいていない未知の領域に、
新たな美を発見しようとする無限の実験である。 

それは私たちに無限の自由をもたらす。
空恐ろしいほどの底なしの自由を。
そうじゃないですか?


←BACK(第20章) ■ NEXT(第22章)→