舞踏論   土方巽に捧げる
 

第216章 馬肉の夢
ー沈理の世界のダイナミズム


Xによる還元と再生は、土方が長年のからだの闇の旅から掴み出した沈理の精髄である。

生命が共振している無数のクオリアはそれぞれ異次元に属する。
これら無数の異次元をどうして踊ることができるか。
土方は生涯の命をかけてその論理を掴み出した。
「静かな家」第7節は、彼が見出した沈理の世界が最もダイナミックに展開されている節である。


7 (馬肉の夢)

 

私は素っ裸で寝ている、そうして馬肉の夢をみた

  ゆくえは何処へ行ったのか?

  狂王は箱におさめられる

  箱のゆくえは細かい解体につながっている

  髪毛の踊り

  船

  Xによる還元と再生

 

  目の巣について

羅漢

トンボ

虫のワルツを踊る髭、すなわちワルツの髭

グニャ、グニャの猫

ゆくえのグニャグニャ

  これら全ては船の部分を構成している

 

  鼻毛ののび太鳥と箱になった鳥

  これらもまた船が化けたものである。

  あるいは解体された船としてもながめられよう

  私は遠い葉っぱや身近なナッパをみて飛ぶ

  これらがカン工場で嗅いだものである

 


私たちの意識は残念ながら多次元世界や非二元世界をそのまま理解することはできない。
長期にわたって訓育された三次元空間や二元論的知識に制約されて、理解に余るのだ。
だから、多次元を理解するには次元数を減じることで、仮の理解を得ることができる。
土方のX還元とは、次元数を減じることでもあり、減じた次元数を元の戻すことが再生である。
ここで試みるのは、あくまでも仮の説明だ。
これが仮の理解であることを認識出来ればこの方法は役に立つ。
仏教でいう権現(仏が仮の姿で現れること)のようなものだとご承知いただきたい。
例えば上の図は生命の多次元世界をから多くの次元数を減じて二次元のイラストに描いたものだ。
非二元世界を内外宇宙の二つに分割するのも、乱暴な矛盾だが仮の方法としてお許しいただきたい。
生命にとって内宇宙と外宇宙は共振して繋がっている。
この両者は日常世界の常識をはるかに超える恐ろしく複雑なつながり方をしている。
繋がっているというより、ものとものの境界がない非二元世界でひとつになっているのだ。
それは言葉でも図でもとても説明しきれない。
それを感じようとするなら生命の目で踊りを見るしかない。
だが、ここではあくまで仮の言葉でたどってみよう。
多次元かつ非二元世界を自由に旅する土方の武器は巧みな暗喩である。
暗喩によって異次元世界を縫うように透明に移動する。
ふるさとを指向する土方の姉の夢と土方自身の夢は鮭の頭や馬肉という
共食の記憶を通じて共振しひとつになる。
それが時空を超えて多数多様な異世界の数々ををつないでいく。
これは『静かな家」の最初から最後までを一貫する原理である。

内宇宙の生命の微細な震えを管理するために、
土方はここでも第一節同様からだを管理する三つのレベルを設定している。
そして、第四の背後世界、背後世界とからだをつなぐものとしての媒介、
この五つの要素を管理することで土方の旅のダイナミズムを捉えることができる。
あるいはこの第五の要素である透明な媒体に成り込むこと、
すなわち死者になることが舞踏の眼目であるとされたのは当然であろう。
第一節とこの節から五つの要素に該当するものを抜粋すると次のようになる。

からだ全体
少女、
こじき、
魔女、
男、
狂王
船、


からだの部分
鮭の顔
猫の腰
馬の顔、
狂王は箱におさめられる
目の巣、
箱になった鳥


ディテール
細かい解体
髪の毛の踊り
ワルツの髭
鼻毛の伸びた鳥

背後世界
はくせいの春、
ゴミ処理場、
鏡の裏、
森の巣、
遠い森、
水、

世界と生命の媒体
死者、
精神と魂、
精神のかげり、

サケの頭、
馬肉の夢、

カン工場、
ゆくえ、、
虫のおびえ、鳥のおびえ
グニャグニャ
森の巣と目の巣の共振


これらの五つを区別しそれぞれをからだに落とすことで
土方の一見無限とも見える微細な震えが管理されている。

それは無秩序にさえ見えるが、土方はでたらめに踊っていたのではない。
これらの五つの要素をはじめ、さらに後に出てくる多くの他の要素を重層した
驚くべき緻密さで管理されていたのだ。


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