舞踏論   土方巽に捧げる
第2部 「静かな家」を体読する
 
第215章 精神のかげり



5 精神のかげりとして捉えられたもの

  

   きわめて緩慢な少女

   のびきったキリスト

   のびきったままおろされたキリスト

カンチュイン

狂王の手―虫、鳥、棒

坐せるカトンボ

これらはワルツによってほとんど踊られる

そうして、Xによる還元と再生はあの遠い森や、
目の巣から飛び立っている、

尚、死者は、これらのものにことごとく関与している

これらを舞踏するために、登場する何者かは、鳥のおびえ、
虫のおびえに、通じていなければならない。



精神のかげりとして捉えられたものとは何なのか。
去年までどうもしっくりつかめていなかった。
だが、なんだか変なことが感じられる。
それが何か、これまでよくわかっていなかった。
ある日、小見出しをうつらうつら眺めていると、
あぶり出しのように全体像が浮かび上がってきた。


赤い神様
死者
魂と精霊
気化
精神のかげり
馬肉の夢
鏡の裏
ふるえ
メスカリン手


「静かな家」の各節の小見出しあるいはキーワードを
羅列してみると、一つのことが見えてくる。
土方はこれらの総合によって心身のある状態を
醸成しようとしていたことが。


「恣意的な破壊よりは、眠りだけでよい、
しどろもどろでよい、もうろうとした状態でよい。
つまり、曖昧な意識のさまよいが重要だ。

(未発表草稿)

そうなのだ。
これは下意識のからだ、サブボディそのものである。
その状態に、手を変え品を変え角度を少しずつ変えてアプローチしている。
わたしは、そうと知らずに土方とは別にサブボディメソッドを
掘り進めてきた。
そしてここへきて、やっと分かった。
土方もまた、まったく同じ坑道を掘り進んでいたことに。

「精神のかげりとして捉えられるもの」とはサブボディのことだ。
精神が明晰な昼間の意識を表すとしたら、
精神のかげりとは、もうろうとした影の意識、
変性意識状態、サブコンシャスそのものだ。
そこでは独特のサブボディ速度で時間が流れ、
無限の変容が起こっている。
からだの闇でもっとも見慣れた光景だ。

微速動から、虫のワルツへ、
きわめて緩慢な動きは下意識のからだのもつ基本的な速度である。
それがときにさまざまに変奏される。
虫や鳥や棒のリズムによって。
遠い森や目の巣から飛び立っているXによる還元と再生によって、
絶え間ない変容流動が続いている。
鳥のおびえ、虫のおびえという祖型的な情動や体動は、
ユングが発見した集合的無意識の内容である元型的なイメージの
さらに深層にたゆたうクオリア流である。
わたしはからだの闇の旅で、
前人未踏の坑道を掘り進んでいるのだとばかり思っていた。
ユングの「無意識との対決」をめぐる瀕死の体験記や、
ミンデルの「シャーマンズ・ボディ」だけが闇の旅の頼りだった。
だが、なにからなにまで、土方が私たちより先に旅し、足跡を残している。

なぜ、「静かな家」が気になって仕方がなかったのか。
なぜ、こんなに執着して取り組んできたのか、その謎がやっと解けた。
「静かな家」はサブボディメソッドのふるさとだったのだ。
同郷の友と時空を隔てて邂逅していたのだ。
これまで、土方独特のレトリックに気を取られて、
静かな家でであうものがみなこれまでのからだの闇の旅で
見慣れた風景であることに気づかなかった。
なんだ、なんだ、そうだったのか。
土方はサブボディメソッドの先駆者だったのだ。

ただ、おおきな違いがひとつある。
土方の時代は、土方一人がこの秘密の坑道を降り、
生命の創造性に触れてさまざまな舞踏を創造した。
そして土方はそれを芦川羊子をはじめとする弟子に振りつけた。
弟子にはこの生命の創造性に触れさせようとはしなかった。
振付家と踊り手という区分が画然と存在していた時代だった。
おそらく土方には自分がもうろうとした変性意識状態になって
生命の創造性に触れ、無数に湧き上がってくる創造をこなすだけで
精一杯で、他の人をその変性意識状態に導く「調体技法」を
確立する発想も余裕もまったくなかったのだ。

サブボディメソッドは、万人に開かれている。
誰もが土方が通ったからだの闇の坑道を掘り進んで
生命の無限の創造性に触れることができる。

船の解体と再生

「静かな家」ではXによる還元と再生>の技法が、
最初から最後まで、縦横無尽に使われている。
冒頭の第1節でまず紹介され、
第5節では「きわめて緩慢な少女」が登場する。

 

5 精神のかげりとして捉えられたもの

   きわめて緩慢な少女

   のびきったキリスト

   のびきったままおろされたキリスト


微速動の動きもまた、X還元の技法にかかわっている。
Xに速度を代入し、通常の動きから速度を減衰させると微速動になる。
数々の土方舞踏の変容技法を、たった数語の普遍的な論理にまで抽象化することによって、Xによる還元と再生の技法>として完成されたものである。

 

 







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