舞踏論   土方巽に捧げる

第206章 床の顔と鮭の顔



異貌の自分を踊る

異貌体(Hidden Body)は、からだの闇に潜む数あるサブボディの中でも
原生体やボトム体とならんでもっとも豊かなバリエーションに富んだ一群である。
いのちの創造性・固有性・共振性を掘り出すもっとも豊かな坑道のひとつである。

1 「赤い神様」

雨の中で悪事を計画する少女

床の顔に終始する

さけの顔に変質的にこだわる

○はくせいにされた春



まず、終始、<床の顔>で踊る。
床とはなにもないのっぺらぼうのような顔である。
土方は、はじめから終わりまで、この床の顔と垂れ下がった幽霊の手で踊った。
そして、それを背景に、ときおり、わずかに顔や手が別のものに変容する。
それが、無数のちいさな花となって、散りばめられる。

「静かな家」で土方は<鮭の顔>という一語で
からだの闇から抑えようもなく出て来る傾性を象徴させている。
ときに自分でも見知らぬ異貌の自己が顔をだす。

サブボディ技法では、異貌体(Hidden Body)と呼ぶ。
異貌体は、からだの闇に潜む数あるサブボディの中でも

原生体やボトム体とならんでもっとも豊かなバリエーションに富んだ一群である。
いのちの創造性・固有性・共振性を掘り出すもっとも豊かな坑道のひとつである。

この冒頭の5行はさまざまなエッセンスの象徴になっている。

「赤い神様」とは、いのちをあやつる不可視のものすべての象徴である。
古来ひとはこれを、タオ、空、無、非二元、精霊、キメラ(捉えようのないもの)
などさまざまな名前で呼んできた。
いのちの舞踏の隠れた主役であると捉えてもよい。

雨の中で悪事を計画する少女」は、「静かな家」を踊る土方のライトモチーフである。(第205章を参照願いたい。)

はくせいにされた春」は、いのちの変容が運ばれる舞踏のもっとも
基本的な背景である。すべての命が寂滅した異界であり、他界ともなる。

「床の顔」は、その異界の中で運ばれるもっとも基本的な体である。
ときにそれは気化体、植物体、獣体、原生体、傀儡体、少女体、衰弱体、
ボトム体などに密度を変える。

「さけの顔」は、それらの背景の中で咲く花である。
陰気な空気の背景の中で運ばれる表情を消した基本的な体とは
まったく対照的な異貌の自己が顔を出す瞬間こそ花となる。
世阿弥を待つまでもなく、花と、珍し、面白しは一体である。
最適の序破急タイミングを得たとき、たとえどんな異様なもの、
醜いとされているものさえ、花たりうる。
癇の花はその極致である。
異貌の花はときに瞬間的に、ときにじっくりと開花し変成する。

ひとつの踊りの中で、ありったけの異貌の自己を踊ること。
見たこともない記憶を踊り、起こるはずもないことが次々と起こる。
それらいのちが共振するクオリアのすべてを踊ることが
からだの闇をむしり、坑道を掘り進み、旅をすることである。




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