舞踏論   土方巽に捧げる

第19章 世阿弥と土方巽


ひさしぶりに世阿弥を読み返しているとき、踊りの変化の不思議な符合に気づいた。

私の踊りは2000年までは若いころの死んだ友人にからだを預けて
好きなように踊りまくってくれと任せていた。
それまで毎夜のように夢枕に立って悩ませていた彼らが私のからだを占拠して踊るようになった。
彼らは若さに任せて世界中を踊りまくった。
私のからだはすでに50歳を越えていたがいくら踊っても疲れを知らない子供のようだった。
だが、2000年を過ぎたとき、ある日ふと突然それが変わった。
死んだ友人たちは十分踊って、満足してからだの闇に帰っていったかに感じられた。
誰一人夢枕に立つこともなくなった。
ふたたび、50歳を越えたからだのままひとり放り出された私は、
彼らに任せるのではなく、からだの闇に耳を澄まし、新たな坑道を掘り進めはじめた。
数年間の疾風怒濤の期間を経て、私のからだに大きな変化が現れていた。
それまでの踊りはまるでたった一人で世界を相手に戦争をするようなものだったので
踊るたび私のからだは極端な交感神経モード、アドレナリンに満ち満ちたからだに変成した。
ところが私のからだがもう、その変化を避けたがりだしたのだ。
当座は何が起こっているのか分からなかったが、いまなら透けて見える。
交感神経が異常に興奮したアドレナリンモードのからだは、
あらゆる生長ホルモンや免疫システムが停止する。
ただ危急の闘いに備えるからだに変成する。
だが、何年もそれを続けると臨界点に達する。
おそらく私の命がこれ以上続けると危ないという信号を発したのだ。
わたしは世界との闘いから退き、ヒマラヤに籠もった。

それからだ、土方が1968年までの世界に挑みかかるようなアグレッシブな踊りを捨てて
からだの闇の死んだ姉のクオリアに耳を澄まして衰弱体を掘り出していた
彼の営みに染み通るように共振できるようになったのは。
土方もまた彼の命の声にしたがって、静かな、しかし無数の背後世界の
クオリアと共振する衰弱体の地平に降り立とうとしていたに違いない。

十体技法を掘り進めるために、世阿弥の「二曲三体人形図」を読み返すなかで、
それまで気づかなかった小さな記述にぶつかった。
世阿弥はまず、能の三体についてこう述べている。



老体  閑心遠目
体は閑全にて、遊風をなすところ、老木に花の咲かんが如し。
閑心を舞風に連続すべし。


女体  体心捨力
心を体にして力を捨つるあてがい、よくよく心得すべし。
物まねの第一大事これにあり。幽玄の根本風とも申すべきなり。
返す返す、心体を忘るべからず。


軍体 体力砕心
力を体にして心を砕くあてがい、よくよく心得すべし。
人形の心体くわしく見明あるべきなり。」


三体の本質を述べた後、「身動足踏生曲」(からだの動き)に移り、
砕動風と力動風の違いを記述している。



砕動風 形鬼心人
形は鬼なれども、心は人なるがゆえに、身に力をさのみ持たずして立ち振舞えば、
はたらき細やかに砕くるなり。
心身に力を入れずして、身の軽くなるところ、
すなわち砕動の人体なり。
総じて、はたらきと申すは、この砕動之風を根体として、
老若、童男、狂女などにも、事によりて砕動の心根あるべし。




力動風 勢形心鬼
これは力を体にしてはたらく風なれば、品あるべからず。
心も鬼なれば、いずれもいかつの見風にて、面白きよそほひ少なし。
しかれども、曲風を重ね、風体を尽くしたる急風に一見すれば、
目を驚かし、心を動かす一興あり。
さるほどに、再風はあるべからず。心得べし。


ここでは、力動風を品がない、一公演で繰り返して用いてはならないと戒めながらも
一応時には序破急の変化を与えるものとして容認されている。
だが、後年には、
「当流には心得ず(三道)」、「力動なんぞは他流のこと(佐渡書状)」と、
原則的に禁止されるに至ったことを知った。
この後年の判断の変化は実作面からとてもよく分かる。
私もここ数年この壁を前に足踏みをしていたからだ。
序破急の急に荒い場面を入れてしまうと、その場は盛り上がっても、
一作全体の微細なクオリアの味わいがかき消されてしまい、結局序破急が成就しなくなる。
おそらく世阿弥も何度もそれを体験して、問題のありかを突き止めたのだ。
一時の舞台の盛り上がりよりももっと大事なものがある。
命の声を伝えることだ。
その声は荒い動きなどと比べると何兆分の一ぐらいのかそけきものだ。
世阿弥は生涯を通じてこのかすかな味わいに耳を澄ましていた。
かすかなものには荒いものにはない多次元重層的な深い味わいがある。
幽玄とは他界や異界にまたがる多次元重層的なクオリアの味わい深さのことだ。
そして、世阿弥が根本とした、心身の動きを細かく砕き続ける砕動風は、
多次元の異界と重層的に共振してゆらぐ土方の衰弱体となんと多くの共通点を持つことか。
土方に起こった衰弱体への変化と、力動風を禁じるに至った世阿弥の行程は奇くしくもそっくりである。
私のからだに起こった変化も、彼ら同様の必然的なプロセスをたどっていたのかも知れない。
この不思議な符合が何を意味するか、今の時点では分からない。
成熟だの老いだのという既成の言葉を当てはめたくはない。
だが、心ではなくからだの声を無視することはできない。
からだが、派手な展開の序破急を好んでいた若いころの踊りをいやがるようになってしまったのだ。
世阿弥も土方も生涯を公演の連続で過ごした。
厳しい他流派との生存競争の中では、人目を驚かせ、楽しませる技術も必要とされる。
世阿弥の序破急技法も、土方の演出もその中で鍛えられ磨かれてきた。
私も50歳過ぎまで、人前で踊り続けた。
はじめての異国で見知らぬ観客の耳目を一身に惹きつけるためにかつてない序破急を編み出し続けた。
だが、観客ではなく命の声に従えば、
若年時のいたずらに人目を驚かせる技術が薄っぺらなものに感じられるときがくる。
本当に命にとって必然の動きにしか従いたくなくなる。
世阿弥も土方も同じ通路をたどって命の舞踏に降り立ったのだ。
私もまたその細い坑道をたどろう。




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