舞踏論   土方巽に捧げる
少女 1973

第18章 雨の中で悪事を計画する少女



土方は十人兄弟の末っ子に生まれた。
姉が五人いた。
そのうち、上のアルバムの写真に写っている姉にとりわけなついていたようだ。
彼が小学校に入学するや否や、彼女は神戸に出稼ぎに出ていってしまう。
小学校に入って間もない土方は、姉に会うためにはるばる神戸まで出かけている。
戦前の日本で、7,8歳の子供が秋田から神戸まで旅をするのはどんなに大きな冒険だったか、計り知れない。
後年土方はその冒険を振り返って、
姉が思いのほか派手な化粧と派手な着物を着ていたことを語っている。
子供の土方は、大好きな姉がなぜ出稼ぎに出なければならなかったのか、
出稼ぎとは何なのか、
いったいどんな仕事をしていたのかなどの謎を、
夜な夜な夢の中で思い巡らし続けたに違いない。
姉をめぐる謎は少年土方のからだの闇で膨らみ続ける。
その謎は、子供には解けない。
しかし成年すれば残酷にも自然に解けてしまう謎だ。
後年土方は公演でこう語っている。
「戦争中、東北地方から、都会に供出したものが三つあった。
ひとつは米、二つ目は馬です。
そして三つ目は女だった。」
そうだ、供出される米や馬と一緒に、土方の姉もまた
戦時下の日本のために東北から都会に供出されていった。
個人には逆らえない大きな流れだった。
ある時期に土方は納得せざるを得なかったのだ。
なぜ姉があんなに派手な化粧をしていたのか、
あんなに派手な着物で着飾っていたのか。
1968年の伝説となった公演「土方巽と日本人、肉体の反乱」以後何年間も
土方は姉の着物を着、髪を長く伸ばして、ひとりからだの闇に棲む姉の謎にわけ入っていった。

土方は美術家の宇野亜喜良との対談でそのことをこう語っている。
「なぜ、髪の毛をながくしているのか、と聞かれるでしょう。
私は死んだ姉を私の中で飼っているんです。
あなたは絵の中にかきこんで塗りこむわけですが、
私は自分の中にかきこむ、いま二人で住んでいるんです。
髪をすくとか、とめるとか、死んだモーションもいっぱいある。
そういうものを自分の体の中に蓄えているわけです。
ですから、朝から昼までは姉の仕草をする。
着るものでもみな昔の柄です。銘仙なんかでも頼んで捜すわけです。」

また、公演「風だるま」でも、より詳細に語っている。

「私は私の身体の中に一人の姉を住まわしているんです。
私が舞踏作品を作るべく熱中しますと、
私の体の中の暗黒をむしって彼女はそれを必要以上に食べてしまうんですよ。
彼女が私の中で立ち上がると、私は思わず座り込んでしまう。
私が転ぶことは彼女が転ぶことである、というかかわりあい以上のものが、
そこにはありましてね。
そしてこう言うんですね。
「お前が踊りだの表現だのって無我夢中になってやってるけれど、
表現できるものは、何か表現しないことによって現れてくるんじゃないのかい。」
といってそっと消えてゆく。
だから教師なんですね。
死者は私の舞踏教師なんです。」


長年わたしは、土方と、そのからだの闇の死んだ姉との交感に耳を澄まし続けてきた。
そこではどんなことが起こっていただろうか。
何十年もそれを続けているともうどんな不思議が起こっても
何の不思議でもないことが分かってくる。
私が転ぶことは彼女が転ぶことであるというかかわりあい以上のもの
とはからだの闇がひとつになり、両者の夢さえも溶け合ってしまうことなのだ。
土方は姉の見た夢に何度も何度も分け入ったにちがいない。

姉さん、あんたはいったいどんな夢を見ていただろう。
幾人もの男たちがあなたのからだを通り過ぎ、
あなたから何もかもを奪っていった。
まるで土砂降りの雨の中に放り出されたあなたが、
あなたの人生で見ることができたかもしれない美しい夢はもう何にも残されていなかった。
おそらく毎夜あなたは、自分から盗まれたものを奪い返しに男たちの家に盗みに入ったり、
男たちの首を刎ねたり、傷つけたりし続けていたに違いない。
もうあなたにできたことは、
もろもろのありえない悪事を計画することぐらいしか残っていなかった。
だが、この悪事はとびきりの悪事だった。
無限変容する悪事なのだ。

子供時代から続けられてきた姉をめぐる謎の探索は、40年近く続いた。
土方が45歳になったときはじめて、このからだの闇の旅がひとつの踊りに結晶した。
地底深くの深成岩の晶洞で、長い年月をかけて鉱物の結晶が析出していくように、
姉のクオリアはからだの闇で発酵し、腐敗し、そしてきらめく創造へと変成した。
1973年夏に京都公演で踊られた「夏の嵐」のなかの土方のソロ「少女」を見れば一目瞭然である。
闇の中でゆらぐ少女の背中が、次第に丸く広がりケダモノの輪郭をとり始める。
そして得体のしれないものに変容していく。
雨の中で悪事を計画する少女
土方の最後の踊りとなった「「静かな家」(1973)ソロのための覚書」の
第一行目に記されたその踊りが析出してきた瞬間だ。
それは生命の必然の共振だった。
渾身の創造をしようとするときにだけ、この奇跡のような生命共振の結晶が起こる。
その舞踏譜は二百数十行からなる土方の踊りの秘密を統合した膨大緻密なものだが、
この冒頭に置かれた一行が、ソロ全体のメインモチーフであり、
他の行はその変奏と修飾に過ぎないといっていいほどだ。
雨の中で悪事を計画する土方の姉が、それ以後すべての舞踏譜の変容を担っている。
子供時代以来、35年間探索し続けてきた姉をめぐる謎のすべてがこの年の踊りに結晶している。
少女のからだがじょじょに獣じみる。
後に弟子への振り付けに頻繁に出てくる
少女のからだからから獣の輪郭への変成
というモチーフが、このとき生まれた。
そして、もろもろの振り付けがこのモチーフに付け加えられ多次元化していく。
二百数十行にわたる舞踏譜は、実に多彩な内容を持つ。
だが、それらのすべてがこの第一行目のモチーフと深く多次元的に共振している。
死んだ姉が一世一代の無数の変幻を見せる。
土方がこの踊りを創ったというよりは、土方が長い年月囚われていた彼のアニマ、姉のクオリアが
最大限に変容して見せた、土方は変容する姉にからだを貸したのだと捉えたほうが当たっている。
いや、それも二元論に囚われた言い草だ。
共振には主語も客体もない。
どちらからともなく自然に起こるのが共振だ。
姉のクオリアと土方のからだは長年にわたってただ共振してきた。
それがここでこの踊りに結晶した。
もう一度書く。
姉との共振クオリアがからだの闇で40年かけてゆっくりと育ち、
地底深くの晶洞で水晶が析出するように、この踊りに結晶したのだ。
命には時々こういうとんでもないことが起こる。
これはもう誰にも逃れようもない必然的な生命共振だ。
土方と死んだ姉はこの踊りの中でひとつになった。
なぜ踊るのか。何を踊るのか。私とは何なのか。命は何を創りだしたいのか。
土方のかかえてきた謎と花と秘密がひとつになった。
そして、長年月にわたった姉というアニマへの囚われから解放された。
彼がこの踊りを最後に、舞台に立たなくなったのは、
長年彼を突き動かしてきたアニマという謎が解けたからだ。
もちろん彼はこの踊り以後の最後の舞踏を目指していた。
生命の呼称で呼びうる舞踏」とはなにか、が土方にとって最後の課題だった。
その問いを問いきる前に彼の命が尽きた。
その課題は誰かがバトンタッチして受け取ることで問い継がれる。
もちろん私はそのバトンを受け取った。
命がけで走りながらサブボディメソッドを創ってきた。
サブボディメソッドとは、土方だけではなく、誰もが土方のような命の創造をできるようになるための技法だ。
私が倒れれば誰かがこのバトンを拾って走ってくれるだろう。
人がその人生の最後の踊りに出会うには、これくらいの時間がかかる。
土方は姉の謎をめぐって40年生きた。
大野一雄はやはり彼のアニマとなったアルヘンチーナに出会ってから、それを踊るまで50年かかっている。
「私のお母さん」でもうひとつのアニマである母を踊るまでにはなんと80年だ。
何十年単位というタイムスパンで人生に起こることがある。
アニマへの囚われとそこからの解放にはそれぐらい長い時間がかかる。
人がその命を生ききるために必要なたったひとつの踊りに出会うのは、
そういうタイムスパンで人生の全体を見たときにはじめて透明に見えてくる出来事なのだ。





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