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第16章 衰弱体の内的必然を探る


土方による衰弱体の収集

自分の中にもっともか弱い生死すれすれの生命の共振をさぐる。
それが衰弱体にいたる坑口であり、からだのむしり方である。
衰弱体を形だけ学んでも自分の中に衰弱体の必然がなければ
形骸にすぎない。
からだの闇をむしりにむしり、誰にも見向きもされず、
ひっそりと死のほとりにたたずんでいるかすかな傾向に耳を傾ける。
ほとんど身動きできないクオリア、
長年縮こまって自由を失ったクオリア、
不自由なからだで這い出そうとするクオリア、
ひと目に触れたらただちにしぼんでしまいそうな命、
そういう祖型的なクオリアは、すべての細胞の奥深く記憶されている。
40億年の生命史で命が出会った苦難は並大抵のものではない。
それら思い出せない深層記憶を掘り出す。
それを踊ることではじめて、あらゆる命と共振する命の舞踏になる。
自我は決して障害者や不具者と共振できない。
劣ったもの醜いものとして自分の外に解離し、
自分をそれとは関係しない安全圏に置く。
その自我を消さねばならない。
自我は自分がすべてを決する主体だという幻想にとらわれている。
その幻想を消すのだ。
そうしてはじめて、この世のあらゆる不幸と共振できる。

土方は1968年の伝説的なソロ「日本人と土方巽」、
後に「肉体の叛乱」と名付けれられた舞踏を踊った後
2年間一切の活動を停止した。
そして午前中はひとり練習場の二階にこもり、
彼の死んだ姉と同じ着物を着、髪を長く伸ばして
姉と共振し続けた。
彼の人生を何千回と襲った姉をめぐる悪夢を
踊るべく時が近づいていた。
土方は語っている。

「私は私の身体の中に一人の姉を住まわしているんです。
私が舞踏作品を作るべく熱中しますと、
私の体の中の暗黒をむしって彼女はそれを必要以上に食べてしまうんですよ。
彼女が私の中で立ち上がると、私は思わず座り込んでしまう。
私が転ぶことは彼女が転ぶことである、
というかかわりあい以上のものが、そこにはありましてね。
そしてこう言うんですね。
「お前が踊りだの表現だのって無我夢中になってやってるけれど、
表現できるものは、何か表現しないことによって現れてくるんじゃないのかい。」
といってそっと消えてゆく。
だから教師なんですね。
死者は私の舞踏教師なんです。」

表現しないことによって現れてくるもの。
生命のかすかな共振だ。
自我や自己を脱いだときにだけ、
生命があらゆる境界を超えて、生きとし生けるものと、
そして死者とも、あらゆる不幸とも共振していることに気づく。
土方はこの世のあらゆる衰弱体を収集した。


らい病、
疱瘡、
寝たきり老人、
赤剥けの犬、
死にたがっている猫、
そして、水俣だ。


1972年、京大西部講堂での舞踏公演では、
「すさめだま」の最後に床に敷き詰めた戸板の下から、
舞踏手たちが水俣病の人々のかじかんだ肢体で
むくむくと立ち現れてきた。
その瞬間の衝撃は未だに忘れることができない。
それは、高度成長に向かう華やかな日本の
裏面を目の当たりに見せるものだった。
水俣問題は大きな社会問題であったにもかかわらず、
あらゆるモダンダンス、モダンアートの誰一人として
それに共振するものはいなかった。
ただ土方一人が衰弱体舞踏を創発することによって
共振してみせたのだ。
どんな醜く歪んだからだでさえ、最適の序破急を発見しさえすれば
かつてない美に転化しうることを目の当たりにした。

生命は水銀やカドミウムなどの重金属とはうまく共振できない。
それらが強い催奇形性を持つからだ。
3.11の福島原発事故以降、おびただしい放射能が
大気と太平洋にばら撒かれた。
放射能が持つ催奇形性は重金属の比ではない。
いま、太平洋の海底では無数の生命体の細胞が
突然変異によって奇形化している。
想像力を全開して、その悲惨と共振せよ。
それが生命と共振する舞踏家の使命だ。
いや、もちろん自我や自己に囚われた踊りを深めるのもいい。
生命史全体から見れば、生命とうまく共振できない
自我や自己も凝り固まった「人間」という奇形の一つだからだ。
あらゆる不具や奇形も死者も悲惨も美に転化しうる。
土方の言う「癇の花」とはそういうことだ。
癇とはうまく共振できないクオリアの総称である。

衰弱体の内的必然を探る


共振塾ではこの十数年間、灰柱の歩行、寸法の歩行、そして虫の歩行などを通して、土方の衰弱体への変成技法を学んできた。
近年ではさらに、「静かな家」や「病める舞姫」の共同研究を続けている。
衰弱体は単なる身体技法ではない。
生命の必然として衰弱体にならなければならない契機が自分の中に見つからない限り形だけ習っても形だけに終わる。
もちろん日本の伝統芸能にはまず形から学んで、
その型がからだに滲み込む中でその必然を体得するという
時間がかかる方法があることは知っている。
だがそれは心身の変成とはなんであり、いかに起こるのかが
師自身にさえつかめていなかった時代の話だ。
そんなときはただ師のたどった道をそっくり辿り直す以外に道はない。
だが、土方なき今、誰ひとりとして衰弱体を教えることのできる舞踏家などいなくなった。
土方も衰弱体は誰にも教えることができなかった。
振り写しをしてもらった芦川羊子は衰弱体の内的必然を捉えたのか、捉えなかったのか、
「死を理解するにはわたしは若すぎた」と後年語っている。
日本の第二世代以降の舞踏の世界でも、虫の歩行が衰弱体への変成のテキストであると読みといて実践した舞踏家には出会ったことがない。
自分の中に衰弱体の必然を掘り続けなければ、
例えば『虫の歩行』のような衰弱体への変成のテキストを手にしても
痒さが昂進していたたまれなくなるというような皮相な踊りしかつくれない。
物質的な粗大なからだへの囚われから脱却しなければという内的必然を見出さない限り、それが衰弱体のテキストであることすら読み取ることができない。

衰弱体にかぎらず、心身の変成の過程を本人がその内的必然を握りしめてたどることが変成を真のものとする唯一の鍵である。
どんなものであれ、いのちの内的必然など、いわゆる学校の教師から生徒へ教えられるようなものでは決してない。
各自が自分で探るしかないものだ。
共振塾には教師などいない。
わたしは産婆であることに徹してきた。
各自が自分のいのちに耳をすます術を身に着け、
各自の内的必然性の探求を助けることだけがサブボディの産婆の仕事だ。
そんなことはこれまでに誰もやったことがない。
だが、土方が衰弱体を見出してから40年たった今は、
土方がたった一人で潜ったからだの闇で起こる出来事のもつ沈理が
かなり明らかになってきた。
それは日常世界の三次元的論理や二元論的判断とは根本的に異なる論理であるが、その異なる論理をつかみ出す仕事が進んでいる。
それを沈理と呼んでいち早く探求し始めたのが土方巽だ。

「自他の分化以前の沈理の出会いの関係の場へ下降せよ」
(未発表草稿)


ほぼ同時代に人間の終焉を予言したフーコーや、ドゥルーズ・ガタリが発見したリゾームになるという生き方は、土方の言う自他分化以前の関係の場、別の言葉で言えば、非二元世界へ降りていく道である。
そこでは個と群れが混然一体化し、自我や自己が消し飛んでしまう。
自他が混然一体化する集合的無意識の元型を探ったユングと
そのの弟子、ミンデルのプロセス指向心理学、
アメリカの催眠療法の一人者だったエリクソンの弟子ロッシの精神生物学、
近代以前の未開社会の沈理を探ったレヴィ・ストロースと、その弟子中沢新一の対称性人類学など
各方面からからだの闇の沈理の特性が明らかにされてきた。
それは現代物理学の超ひも理論が解明しつつあるひも共振の論理と関連している。
ひももまた、三次元や四次元の低次元論理ではなく、11次元という多次元で共振している、根本的に異なる論理をもつものだからだ。
宇宙の謎の解明と生命の謎の解明は共振して進んでいる。
あらゆるジャンルの枠に囚われず、縦横無尽に闊歩できる真の自由な生命だけがその全世界的な共振を感じることができる。
もう古い伝統に縛られている時代ではないのだ。

失敗を恐れず、前人未踏のからだの闇で自分の舞踏の内的必然を探りるのがサブボディ舞踏技法であり、それを促すのが産婆の仕事だ。
からだの闇のかすかなかすかな気配に耳を澄ます。
どんなサボボディが自分のそして他の生徒のからだの闇で産声をあげようとしているか。
そのかすかな兆候に耳をかたむけ、最善のタイミングでそれをつかむよううながす。
一瞬でもタイミングを誤れば生まれかけのサブボディやコーボディが水に流れてしまう。
スリリングな危機に満ちた仕事だ。
自分で知っているだけでも数十に上るサブボディ・コーボディが
生まれることなく目の前で水に流れていった。
気付かなかったものまでいれればおそらくこれまでに幾千幾万のサボボディを
知らずに水に流してきたことだろう。
わたしはこれまでに流れた累々たるサブボディの水子たちと共に暮らしている。

毎日かかさず、自分と塾生たちのからだの闇にさまざまな種類のはしごをかけて、その階段を降りていく。
うまく行けば幾体もの面白いサブボディが生まれでてくる。
うまくいかなければそのうち幾体かはは出てこれないまま闇の海に沈む。
足下の芝生の草の小さな細胞生命と共振できる繊細さを身につけるために
もっともか弱い体になる必要がある。
自分を人間だとうぬぼれて粗大な動きをし続けているかぎり
足下で踏み潰されている草の細胞生命と共振することなどできない。
自分のからだに起こっているもっとも微細な震えに共振できるよう
微細さのレベルをチューニングすること。
並大抵の訓練ではない。すぐに出来ることでもない。
わたくしごとを言えば、わたしは23歳で土方の舞踏公演を見てから、
衰弱体の必然が自分のからだに落ちてくるまで、35年かかっている。
それを身につけることができるまでにはさらにそれから数年かかっている。
それを若い生徒にわずか一年やそこらで身につけさせようとすること自体
無理なことなのかもしれない。
毎日ほとんど不可能な課題を出す。
だが塾生たちは必死にそれを試みようとしている。
類まれな生命共振が生まれているのだ。


なぜ衰弱体になる必要があるのか?

―3.11生命共振記念日に

(これは2015年3月に書かれたものだ)

強くありたいという自我の習癖を脱ぎ捨て、
限りなく弱くなること。
衰弱したいのちになること。
弱くなればなるほど、
強い自我がまたぎ越してきた、
弱り切ったいのち、侵され憔悴しきったいのち、
壊れかけたいのち、死に瀕しているいのち・・・
らの、微細にふるえる癇の花に気づくことができる。
自分もまた、おなじく微細に震えているいるからだ。
そう、「自分」の強さと、共振力が反比例していることに気がつく。
そして、世界中の悲惨が国家や自他をこえて、
ひとつにつながっていることに。
生きとし生けるものがひとつのいのちであることに、
からだが目をさます。

土方巽も、1968年の伝説的なソロ、
「土方巽と日本人ー反乱する肉体」を踊り終えて、
周囲は賞賛の嵐が吹き荒れ、門下生が日本中から詰め寄せてくる中、
はっと気がついた。
こんな強い英雄的な踊りをしている限り、
からだの闇に棲む死んだ姉さんは、振り向いてもくれないことに。
夢枕に立った姉さんのささやきが聞こえたのだ。

「くにおちゃん(くにおは土方の幼名)、
お前が踊りだの表現だの無我夢中になってやっているけれど、
表現できるものは、何か表現しないことによってあらわれてくるんじゃないのかい。」


そういってそっと消えていった。

「ぐったりしたこころ持ちにならなければ、
人の行き交いはつかめぬものらしい。」


『病める舞姫』に記された一行は、
その土方の人生の転回を語っている。

強い舞踏から、衰弱体舞踏へ。
自分を表現しようとすることから、
表現しないことによってはじめてあらわれてくる
生きとし生けるものの、死に瀕する「癇の花」との共振へ。

誰にも転回はある。
3.11がその転回になった人も多い。
思い出そう。
もっとも悲惨な目にあったときのいのちの震えを。
あらゆるいのちが微細にしかし限りなく多彩に震えていることへの気づきを。
わたしたちが掘り抜くべき未踏の坑道の入り口がそこに開いている。
その坑口を降りるか、またぎ越すかはあなた次第だ。

だが、毎年の3月11日は、
その坑口の存在に気づかせてくれる
今に生きるいのちの共振記念日なのだ。