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第10章 動かされて舞う



●動かされるクオリア――受動体

<動かされるクオリア>は、第8章「動けないを動く」で触れた
<動けないクオリア>とともに
生命にとってもっとも深いクオリアのひとつだ。
(クオリアとはわたしたちの(意識ではなく)命が感じている、
ものごとの質感、体感、実感などのすべてをさす。
クオリア論参照)

生命は40億年前の発生以来、
30億年間も単細胞生物の期間を過ごしている。
多細胞生物が地球上に出現したのはわずかに10億年前だ。
あらゆる生命は30億年ものこの長い単細胞生命の時代を
ほとんど不自由にしか動けない単細胞生物として過ごした。
生命は重力に逆らえず、風雨波浪にもてあそばれ、
雷や火山、地震、隕石落下などの地災天災に翻弄された。
だが、その中を生命は生き延びてきた。
どんなことが起ころうとも、すべての生命体は
この動けないクオリアまたは動かされるクオリアを
生命記憶として遺伝子に深く刻印し、
時に応じてその記憶を発動して、事態に即応する。
生命が同様の事態に遭遇すると
即時遺伝子を発現させて新しいたんぱく質を生成し
事態に対応するからだに十数分で変成する。
人類は生命のこのクオリアを発現させ、
戦争や動乱どんなひどい圧制にも迫害にも耐えしのんできた。
動くクオリアよりも、動けないクオリア、
動かされるクオリアのほうがはるかに深く
心を揺さぶり染み込んでくるのはこのためだ。
死者、瀕死者、疾者、不具者、被迫害者、狂者は
生命にとってもっとも深い動かされるクオリア、
翻弄されるクオリアを身にまとい崇高に輝いている。
それに触れるとき、命はおのずから起こる共振を禁じることができない。

受動体になる修練

臥位、座位、立位の静体、あるいは何らかの動きをしている動体で、
他の力によって自分のからだが動かされるクオリアを感じて動く。
さまざまな部位が、さまざまな力、方向、速度で動かされる。
最初はペアになって、一方が他方のからだに予想外の力を加え、
受け手は、その受けた力をもう一度からだで味わいながら動いて
みることからはじめるとよい。
上から押されるダウンビート、横からのサイドビート、
地下から突き上げられるアップビート、それらがランダムに、
力と速度を変えながら、さまざまなリズムで、さまざまな部位に加えられる。
慣れれば、どんな姿勢からでも、からだのどこにどんな力がどんな角度で
どんな速度で加わったかを、緻密に味わいながら動けるようになる。
はいつくばった姿勢から、紙がはがされるように、引き剥がされるはがれ立ち。
からだのどこかに地下からの力が加わって上空にジャンプした後、
からだの一部に他に力が加えられるダブルビートジャンプ。
あちこちから石つぶてが飛んでくる中をよけながら、
当たりながら進む石つぶての中の歩行。……
それらのさまざまな動かされるクオリア、
翻弄されるクオリアの中から、
自分の命にとって新鮮な動きを探り、
固有の技を編み出し磨き上げること。
それらができれば受動体への変成の完成だ。


●自我を明け渡す

日常体の自我は通常、自分のからだは自我が支配していると受け取っている。
だから、自分の管轄下にあるべきからだが、
他の力に動かされることは、侵害だと受け取る。
自我を明け渡すことに惧れと強い抵抗を感じる人も多い。
それが自我と非自我の間のエッジである。
エッジを味わうこと。
なぜ自分の自我はそれらを忌み嫌うのかを感じること。
自我ではなく命はどうなのかをも、合わせて感じてみること。
もしその区別が感じ取れれば、
自我は忌み嫌っても、命は案外新鮮に受け取っていることに気づくだろう。
命は、40億年間もの長いなじみのある動かされるクオリアに
久しぶりに出会って懐かしさに感動しているのだ。

●からだの闇の住人――異貌体

じぶんのからだの主人だとにらみを効かせていた自我が鎮まると、
からだの闇の奥深くに封印されていた異貌の自己が立ち上がってくる。
小さい頃ほんの少し発現しかけたけれど、両親や教師など
子供にとっての重要人物から選択的な非注意をうけて
からだの奥に萎んでしまったnot-meたちだ。
日常体が普段は使わない隠れ関節や、顔眼息声の異様な動きに
伴って出てくることが多い。
眼を斜め上下に素早く動かしたり、
上目や下目、端眼で見つめたり、
顔がなにかによってむちゃくちゃな動かされ方をしたり、
奇妙な息遣いをしたり、
からだから出てくる音にしたがったりしているうちに、
それらの異貌の自己が出てくる。
サブ人格や副人格、劣等人格、影、not-meなどさまざまな
呼ばれ方をしている人たちだ。
まずは、彼らの存在を自全の中の住人として認知し、
次に特徴や癖を知り、やがて友達になることだ。
そのうちに一緒に踊ってくれるようになる。
かれらを呼び出すには、からだをどの手順で調体し、
どの順序でからだを動かしていったときに出てくるか、
厳密な振り付けをからだに刻み込むこと。
すると、かれらはいつだってきみのサブボディ舞踏の
主要な舞手のひとりとして登場してくれるようになる。
そういう異貌体をいくつ掘り出すことができるか。
それが毎日の作業になる。
(異貌体の探体法は、実技ガイド「異貌の自己」を参照ください。)

からだの闇には、異貌体のように人間のかたちをしていない
もっと下等生物へ変成したいという衝動や傾向もうずもれている。
それらは、別に<粘菌体>、<海月体>、<海星体>、<獣体>、
<龍体>などと名づけて彫琢するのがよい。
自分独自の十体を、年にひとつかふたつずつ見つけて研鑽し
からだに染み込ませていく。
十年もたてばきみのからだは十体以上の世界を駆使できる
変幻自在のからだの劇場に生成変化する。



●他界を呼び込むからだ――憑依体


自我の明け渡しがもっと進んでいくと、
さらに面白いことが起こりだす。
自分の自己史のなかで生まれてからだの闇に潜んでいた
異貌の自己だけではなく、
ほかの人やいきものの気配を呼び込み、
それらにからだを預けて踊ることができる媒体のようなからだになる。
いわばかれらに憑依されて踊る憑依体への変成だ。
元型の用語で言えば、他の魂や霊に憑依されたということになるが、そうではない。
命があらゆるクオリアに共振できることを知ったからだは
どんなクオリアにもからだを明け渡すことができるのだ。
シャーマニズムやアニミズムの文化の中ではごく当たり前だった
生命共振を制御することによって得られるこの技術は
自我が制覇する近代文明の中ではながらくうずもれたままだった。
生命共振を忘れた自我にとっては
ありえない奇妙で気味悪いことに他ならなかった。
今ようやくそれらを制御しつつなりこみ、使いこなすメソッドが見つかった。
憑依体は、透明にじぶんのからだに何が起こっているかを見通し、
同時にそれを見せることのできる透明体となるための
最後の一歩の階梯である。

それは従来の元型や近代の迷信に囚われた心身に比べると
とてつもなく巨大な自由を手にしたからだである。

からだの闇では、自己も他者の区別がなく、
生者と死者の区別さえないことを知り尽くすと、
それらの区別なくあらゆるクオリアをからだにまとう
変幻自在のからだになる。
それがサブボディーコーボディリゾームだ。
ときに群れとなり、いつでも一匹狼として
世界をかけめぐるリゾームとなるのだ。




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