舞踏論   土方巽に捧げる
第2部 「静かな家」の深淵へ
 
第3章 気化と物質化


「静かな家」第3節「灰娘」は、第1行「魂と精霊」で始まり、
最終第15行の「物質化」でおわる。
これは、1行目から14行目まではすべて非物質の
気化したからだで踊られることを意味する。
全ては死者の夢なのだ。


3 「灰娘」

 

魂と精霊

ゆくえ

もうだれも訪れない

もう誰も眠れない

○かんの花

○過度の充実が来て彼女はとほうもない美しい者になった

○死者達のさまざまな習慣を覚えた

○馬肉の夢

○座しきから引き出されてきた男

○イスに座って狂った大人子供=ケダモノ

○裸でカンチェンの出だしを踊る

○フラマンの寝技をつかう

○嵐が来た朝

○物質化



最終行の「物質化」とはなにか。
死者はあらゆるものの形を借りることができる。
何でもいい。手近なものになればよい。
だが、古来から精霊が宿るのは石とか樹とか山とかに相場が決まっている。
インドから東南アジアを経て日本にいたるまで、
石を信仰の対象とするもっとも古い形のアニミズムの心が残っている。
西洋では、もっとも古い元型は大母(グレートマザー)とみなされてきた。
人類最古の彫刻とされているのも、
象牙に彫りこまれたグレートマザーの像だ。
だが、これら有形の元型のさらに祖型は無形の石だったに違いない。
石は無限に変容するマナやピーやカミやアルトマンなどが
ほんのしばらく身を休めるもっとも手頃な場所だったのだ。

死者の無限変容は、
石に代表される物質化と、気化とのあいだで起こる。
だが、いったい気化とは何なのか。


 

4 (気化)

 

一番―花、雨、少女、全部使う

   仮面、あるいは虫

   人形―灰娘―洗たく―もう誰も訪れない

二番―走って鳥から少女、少女気化して座り技

三番―魔女A気化する

四番―赤いシャケの頭にかかわる魔女気化している

五番―馬肉の夢を見る大魔女気化している

六番―さまざまなゆくえが気化している

   水、お盆―遠い森ー死者

 


人間がそのまま気化するなどとはとてつもないことだ。
気化してしまうなどという、
途方もない希求に取り憑かれるには深い理由がある。

土方は幼少期、飯詰め(いづめ)と呼ばれる藁でできた保温器に
昼飯と一緒に詰め込まれて田に運ばれた。
昼前までは飯の温みが子供にとってもありがたかったろう。
だが、昼を過ぎ暖かいご飯がなくなってしまったあとも
飯詰めに詰め込まれたまま寒い野に放置された子供は悲劇である。
脚は凍え、縮かみ、もはや立つことも能わぬからだで、
赤子の土方はビェービェーと哭く。
だが、泣き声はそれより強い風にかき消されて、どこへも届かない。
動くこともならず、泣き声を届けることも能わぬ幼児は
気化して飛び立つことを夢見ることしかできない。
気化する夢だけが行為といえるような、
自分ではどうすることも出来ない拘束状態に置かれたとき、
透明な存在になって飛び立とうとする気化の必然が降りてくる。
土方は死んだ姉が置かれた悲惨な状況を思う中で、
この幼年期の飯詰め体験が二重化されて共振し震えていた。

いまここにいたたまれないクオリアを探れ。
いたくない場所に縛り付けられた命を思え。
毎日飢えた兵隊千人の性欲を満たさねばならない性器として、
いたたまれない地獄の状況に閉じ込められた土方の姉は、
気化して煙や行方のようなものに身を変えてでも、
ふるさとに帰りたかったに違いない。



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