第10章 生命の原生力 生命は40億年前、クオリアとともに共振的に発生した。 詳しく言えば、 出会った他の物質やエネルギーのクオリアを自己のうちに組み込みつつ、 なお自己を維持・創発していくことができる ひもの共振パターンの一連のループとして発生した。 (共振論第6章 共振的生成参照) 生命体は、光を受ければ光のクオリアを組み込み 光受容たんぱく質を創発し、 重力を受ければ重力のクオリアを組み込み、 それに抗してわずかずつ動く能力を創発してきた。 もちろん、他の物質やエネルギーと出会うことは 生まれたばかりの生命にとって大冒険だった。 無数の生命個体において無数の試行錯誤がなされ、 多くの個体は失敗して死滅しただろうが、たったひとつでも 成功して生き延びる個体がたまたま生まれれば その種は特定のクオリアと共振して生きていく生存様式を発明したことになる。 長い年月の積み重ねのなかで、生命は 地球上のほとんどのクオリアと共振する方法を発明してきた。 当初の原初生命にとっては酸素ガスは猛毒であった。 だが、何億年もの試行錯誤の後、 プロテオバクテリアがついに酸素を利用して生き延びる <細胞呼吸>の仕組みを創発した。 この画期的な発明は、ただちに他の生命にも波及し、 他のバクテリアがプロテオバクテリアを細胞内に取り込んで共生し始めた。 やがてプロテオバクテリアは独自の核を失い 他の生命の細胞内でミトコンドリアとして 共生する運命をたどることになる。 また、原初生命にとっては、光もまた過剰な場合は大敵であったが、 シアノバクテリアが光合成の仕組みを創発し、 これまたクロロフィルとしてすべての植物体内で共生し存続している。 40億年の間に無数の生存様式が発明され、 試行錯誤の中で自然淘汰によって生き残り、多様化を進めてきた。 生命史とは無数の生存様式の発明史なのだ。 生命にはこうしたあらゆる困難を乗り越えていく <原生力>を持っている。 なぜ、生命はこのように多様化することに成功してきたのか。 その理由のひとつは、ひも共振そのものが持つ創発特性によっている。 あるひも振動のパターンが別の振動パターンと出会うと、 二つの振動パターンはいやおうなく混ざり合い、縮合されてひとつになり そこに新しい第三のパターンが創発される。 変化は11次元のどこかの部分で起こり、 もとの振動パターンの性質も保存しつつ どこかの性質が更新されていく。 宇宙創生以来百数十億年もの間、 毎瞬間ごとに宇宙全体で新しいパターンが生まれ続けている。 ひもには好き嫌いはなく、融通無碍に変化し多様化していくことができる。 この融通無碍な<出会いー縮合ー創発>という特性を持っていることが 多様化のひとつの要因である。 このひも振動の創発特性による多様化は、生命のみに限らず、 宇宙のあらゆる物質の多様化をもたらしてきた。 これを踏まえてさらに生命は独自の多様化特性を発揮し 生命以外にはない速度で多様化を進展させてきた。 生命独自の多様をもたらしてきた要因は次の点にある。 生命は、他の物質やエネルギーに接すると その物質やエネルギーを生成しているひも共振パターンのうち 微細振動分からなるクオリアを生体内に取り込み、 それを含めて自己を維持・創発していくことができる。 このクオリア内包特性によって 生命は、他の物質やエネルギーから 新しいクオリアを受け継ぎ包含しながら より生存に有利な仕組みを創発していくことができた。 これは宇宙において生命だけがもつ画期的な特性である。 もちろん、失敗したものは廃れ、 成功者の系譜だけが自然淘汰されて存続することによって 無数の多様な成功者の群れが出現してくることになった。 今日生きとし生けるものはすべて40億年間、 ただ一度も途絶えることなく、成功に成功を続けてきた 成功者の系譜ばかりなのである。 もし系譜の中でただ一度でも失敗が入ると一度は大繁殖した 三葉虫や恐竜のように絶滅していったからだ。 絶滅を逃れた系譜のみが生き延びている。 すべての現存する生物種はその種独特の 40億年間の生存の成功の秘密の知恵を持っている。 われわれ生命同士は生存の成功者として 互いにたたえあい、味わいあうべきなのだ。 すべての生命は40億年間の生の成功の秘訣をまとめた 長い巻き物を受けついでいる。 その秘訣はDNA螺旋の中にびっしりと書き込まれている。 生命が困難な事態に直面すると出会った特殊自体に応じ それを乗り越えるための即時遺伝子が発現し、 新しいたんぱく質を生産して 緊急の対応策を全身に敷く。 それが、緊急策によって転身し、生きながらえていく 40億年の生存の知恵である。 すべての生命がこの原生力を持っている。 すべての人類ももちろん持っている。 だが、普段はすっかり忘れ去られている。 人間社会にはめ込まれて長い時間を生きてしまうと この生命の原生力がすっかり眠り込んでしまう。 いくら不具合な窮屈な生存体験を強いられようと 原生力を発揮して身をよじって逃れようともできず その宿命に付き従ってしまう。 私も人生最初の40年間はそのようにして過ごした。 この世に定められた慣習的な生き片以外に 別のいき方があることなども思いもよらなかった。 20歳で結婚し、すぐ子をもうけてしまったので、 子供を飢えさせてはならないと不如意な労働に 20年間も身を縛り付けてきた。 だが、ある日この状態のままいては 自分はよく生きることができない! と、からだの中に眠っていた巨大な龍が目覚め、 ひと跳ねしてそれまでの生活環境から脱出した。 自分を不如意な労働に縛りつけていた家庭を脱ぎ、 45歳で舞踏家になろうと決心した。 子育てを放棄し、親族の紐帯も捨て、25年間続けていた 資本制の中のコピーライターの仕事も捨てた。 自分を囲む豊富な資材や財産もやばいと感じ 一切合財を捨てて日本から脱出した。 これら一連の出来事はわずか数年以内に次々と起こった。 私が自己の意識で決めたのではない。 自我や意識が知らない間に 私のからだは次々と新しい踊りを創発し、 外国の人の前で夢中になって踊り続けた。 私はただ私の中の生命の知恵、 <生命力龍>が跳ね、踊り続けるのを 呆然と眺めていただけだ。 その後もインドに来て練習場を建設する経験のなかで ぶつかった激しい文化ギャップで神経症になったときも 死の寸前で<生命力龍>が跳ねて 南インドの旅に脱出させてくれた。 わたしは海とジャングルの山の中で傷ついた獣のようにうずくまり 自分の原生力が回復するのを待った。 神経症は当時付き合っていた女性との関係の場で 自分の中の最悪の暴力的な否定的人格の形で発現してきた。 何百回も殺人もしくは自死の衝動に襲われ逃れるすべを知らなかった。 とうとう私は関係そのものを断念した。 鬼とののしられようと殺人と自死よりは 別れのほうがはるかによいものだと決断した。 この困難な決断のときもこの関係そのものから <生命力龍>が飛び跳ねて逃れ、 かろうじて死(殺人と自死)を逃れさせてくれたといえる。 生死の境でいつも出現して私の生命を救ってくれる <生命力龍>に私は大変感謝している。 40億年の生命史の知恵を背負って出現してくれるからだ。 たとえば、今から3億年前の古生代のデボン紀に、 脊椎動物の祖先は魚から両生類を経て爬虫類として上陸を果たした。 勇気ある創発だった。 海で過ごしていた生物のいったい誰が、 母なる海から離れて生存が可能であるなどと想像できただろうか。 そして、ある生物種は空へ飛び上がった。 四足歩行をやめて二足歩行を始めた数奇な種もいた。 それまで常識とされていた生存様式を破って 新しい生存に脱出するときはいつも 未知の不安に付きまとわれるものだ。 私が日本を脱出しインドへ来たときもそうだった。 言葉にしても45歳まで私は日本国内から出たことがなかったので 英語などひとこともしゃべれなかった。 それでもどうにかこうにかなるものだ。 常に生命に耳を澄ますこと。 自分の自我意識は常に判断を過ってきた。 自分はいったいどう生きたいのか、 自我や意識ではなくからだと生命に耳を澄ますという私の生き方は 以上のようなのっぴきならない人生体験からつかみ出してきた。 生命に耳を澄ますこと。 生命の声が聴こえるように耳を鍛えること。 それだけが本当に生きたい生へ私たちを導いてくれる。 それ以外のものは自我さえ信じてはだめだ。 生命の叡智に触れ、眠れる原生力を呼び覚ますためには 文明社会の情報ノイズを遮断し、 自我と意識の鎮め方を身につける必要がある。 私がしつこいほど人々をヒマラヤへいざない続けるのは ここでの自全に触れる体験が 必ずその人の人生の幸福につながると信じてやまないからだ。 |
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