| 第6章 クオリアの非時性 |
●非時と永遠 ひもは宇宙開闢以来振動し続けている。 いや、いまの新しいサイクリック宇宙論によれば、 宇宙はビッグクランチとビッグバンを繰り返してきた。 現在の宇宙は50回目ほどの宇宙だということになる。 私もその説に賛同する。 ビッグバン以前への問いにはじめて答えた理論だからだ。 ただ、サイクリック宇宙論を安易に理解すると、 時間が今も昔もずっと同じ調子で続いてきたかに 誤解する恐れがある。 ひも理論によれば、 ビッグバン以後に三つの空間次元とひとつの時間次元が 膨張して現在の宇宙にまで膨れ上がった。 それ以前は時間もまた微細次元に折りたたまれたままだった。 これを理解するのは難しい。 時が小さく折りたたまれていたことを 実感するのは至難の業だ。 ただ、今のようには時が流れていなかった。 ――そう思うしかない。 膨張した4次元以外の7つの次元には 時間次元はないと考えられている。 すなわち微細7次元もまた、 時が流れていない世界なのだ。 時がないとはどういうことか。 永遠の今。 西田哲学のキーワードがよみがえる。 そこで振動しているひもにとって いまも昔もおなじことなのだ。 永遠におなじことが繰り返されているとも、 時が流れていないともいえる。 永遠回帰も時の停止も同じことなのだ。 クオリアがこの時のない微細次元での ひも共振によって生成しているとしたら、 一度発生したクオリアは永遠にこの 時のない微細次元で振動し続けていることになる。 繰り返すが、 永遠とは時間次元がない世界での出来事だということだ。 永遠性は、正しくは非時性として捉えなおす必要がある。 そして、生命はこの非時のクオリアを感知することができる。 脳のニューロンを構成するひも共振のうち、 微細振動部分は永遠に同じクオリアで振動し続けている。 生体はニューロンに<しみこんだ>クオリアを いつでも取り出すことができる。 そう、記憶のしくみとは、 この脳髄内の微細次元で震えているクオリアに コンタクトしてそのクオリアを味わいなおすことなのだ。 じつはこれがこの章の途方もない仮説である。 私たちはいわば、脳内の外部メモリとして 永遠に振動しつづけている非時のクオリアを 取り出すことができるのだ。 それは脳内にあって脳内にはない。 脳を構成するひもの振動には違いないが それはこの粗大4次元ではなく、 微細7次元で振動しているものだ。 だから、3歳のときの記憶もいまここのように クリアに感じることができる。 なんどでも強いリアリティを伴ってよみがえるのは それが微細次元で永遠に振動しているひも共振からなるからだ。 脳は幾度もの想起によって、よりたやすく その微細次元のクオリアにコンタクトすることができるようになる。 ●幻肢と幻聴 わたしがこの仮説に到達したのは、 わたしの幻聴の解析によるものが大きい。 わたしはここ数年耳の奥でいつも蝉か地虫が鳴いているような 幻聴に悩まされてきた。 物の本を読んでも幻聴は側頭葉の異状によるとしか説明されていない。 誰も本質的な答えを与えてくれていない。 だがもし、私が感じている耳鳴りが、 その実いつも微細次元で鳴り響いているクオリアに対し 脳が誤って常時コネクトしてしまったことによると捉えれば 何の不思議でもなくなる。 通常は随意にオンオフを切り替えられる 記憶にコンタクトするスイッチが 切れずに入り放しになっている事態なのだ。 これは、脚を切断してなくした人が、 脚のクオリアを感じ続ける <幻肢> に悩まされるプロセスと同じである。 微細次元では脚のクオリアが振動し続けていて、 人間にはそれを止める力はない。 だから、現実の脚がなくなっても 脚のクオリアを感じることからは解放されない。 母親が無くした子供の歳を数えてすごさざるを得ないのも 母の脳内の子供のクオリアが微細次元のひも共振から なくなってくれないからだ。 その微細次元でのひも共振によるクオリアには それを生んだニューロンのみが コネクトすることができる。 クオリアの記憶とは いわばそのニューロンを構成するひも共振パターンに <しみこんだ> ものだからだ。 だから、その人が死んで、 特定のクオリアがしみこんだニューロンが なくなれば、だれももう 微細次元でのひも共振のクオリアに コネクトすることはできない。 その人が感じ続けた <幻肢>も<幻聴>も消えさる。 この章はもっとも 途方もない仮説だ。 誰も信じなくてもいい。 人類がクオリアの秘密を解ききるには 何百年もかかるだろう。 |
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