調体法7 百丹受動

動かされるクオリア

動かされるクオリアは、動けないクオリアと並んで、生命にとっ
てもっとも深いクオリアのひとつである。
40億年前に出現した原初の生命は、まったく動けないか、ほと
んど動けないかのどちらかであった。
その後も、10億年前に多細胞生物が出現するまでは、単細胞生
物時代であり、蠕動や鞭毛、繊毛など、ごく微細な運動器官によ
って動けるのみだった。
40億年間のうちに、ありとあらゆる<動かされるクオリア>が
生命記憶に刻み込まれていった。
重力にもてあそばれ、風雨、嵐、波浪、潮流、雷、火山、地震,
、隕石の衝突、氷河期、他の動物の脅威などありとあらゆる予期
せぬ力に翻弄されてきたのが生命だ。
生命はそれらの予期せぬクオリアのすべてを体験し、生き抜いて
きた。
それらのクオリアはすべて、遺伝子に生命記憶として刻印されて
いる。
時に応じてそれらのクオリアが発現し、どんな不意のクオリアに
も対応できるようになっている。
少々の事が起こっても、40億年間に蓄積されたクオリアの知恵
によってどんな生命も事態に対応できるのだ。

百丹受動

百丹三元と同様の手順で、仙骨から頭まで、そして、すべてのか
らだの部位で、三元方向に不意に動かされるクオリアを体験する

百丹三元と同様、二つの8の字が直角に交差したダブルエイトの
動きに沿って、何か他の力によってあちこちの方角に不意に動か
される。緩急、強弱もランダムに起こる。

百丹のすべてが終わった頃には、立派に<動かされるクオリア>
に満ちたからだになっている。
自分が人間であることなど忘れ去る。
世界の中のどんなクオリアにも乗りうつられる、
媒体のようなからだになる。

これは十体の中の<憑依体>にいたる練習の一環ともなる。
舞踏とは、自分を表現するために踊るものではまったくない。
舞うのではなく、何ものかに舞わされる。
異次元世界の何ものかがからだに乗りうつり、
それが踊るのだ。
踊りを自己表現としか捉えられない西洋風のダンスとは
この点が根本的に違う。
Butohを身体表現だと曲解している
修行の足りない自称舞踏家も多い。
舞踏とは、せまっ苦しい「人間」概念に囚われた
自己表現などとは桁の違う異次元世界に遊ぶ技なのだ。



参考:百丹三元の効果については、共振塾ジャーナル2007年3月14日『サブボディの宝庫が開く』に書いた。

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