| 6 共振的生成 |
●生命とクオリアは共振的に生成した 宇宙の中で生命だけが クオリアを捉え利用することができる存在である。 また、クオリアは生命にとってだけ存在する。 すなわち、生命とクオリアは共振的に生成したものなのである。 生命とクオリアは日々刻々と共振的に生成し続けている。 クオリアはもともと11次元といわれる極微の多次元で振動する ひもの共振パターンのうち一部を 生命がクオリアとして感知することによって生成した。 生命とクオリアが共振的に生成しない限り この微細次元でのひもの共振パターンは ただのひも振動に過ぎない。 生命とクオリアが共振的に生成するとは この意味である。 <共振的生成>という概念を理解しない限り 生命もクオリアも分かったことにはならない。 そして、、もっととんでもないことだが、 この宇宙の中のあらゆる存在が ひもの共振パターンの変化によって <共振的に生成>していると主張するのが ひも理論(超ひも理論、スーパーストリング・セオリーとも呼ばれる)だ。 私はひも理論を単なる物理学の領域から 生命とクオリアの領域へ展開することによって 万物、すなわち、物質もエネルギーも生命もクオリアも ひもの共振パターンの変化によって生成しているという <共振性原理>を発見した。 いや、発見したなどというと妄想になる。 そういう仮説を発明したに過ぎない。 ●相対性原理と共振性原理 1905年に物質とエネルギーが同じものであることを 発見したのがアインシュタインの相対性原理だった。 エネルギー=質量×光速の二乗 E=mc2という法則は エネルギーと質量は桁が違うが同じものであることを証明した。 光速の二乗とは非常に大きい数だ。 質量にはそれほど大きなエネルギーが潜在している。 それは原子爆弾や水素爆弾によって証明された。 それから100年後の今、 物質とエネルギーだけではなく、生命やクオリアもまた やはり物質やエネルギーを生成しているのと同じ ひもの共振パターンの変化から生成していることを予言するのが <共振性原理>である。 今度の場合は、相対性原理の光速などよりも さらに桁違いに大きい差がある。 (数式で示すと クオリア=エネルギー÷無量大数に近い巨大定数 Q=E/巨大定数 ということになる。 エネルギーとクオリアには、無量大数と1との差ほどの違いがある。 クオリアもエネルギーもどちらもひも共振パターンの変化によって生成する。 だが、クオリアはエネルギーに比べて何億兆倍も小さい。 それはもうエネルギーも質量も持たないものといわねばならない。 エネルギーとクオリアにはそういう関係がある。 ここに想定する巨大定数とは、 ひもが閉じ込められているプランク長さという 宇宙最小の長さの微細空間と、 粗大に膨張したこの宇宙の規模との 比率によって得られる未知の数である) ともあれ、この<共振性原理>は、全宇宙の 物質、エネルギー、生命、クオリアを、統一的に理解する仮説である。 そのうち、物質とエネルギーは<共振的に生成>した。 生命とクオリアもまた<共振的に生成>した。 この両者の関係が不思議な対称性を持っていることは 何かのヒントになるかもしれない。 11次元のひも共振のうち、 生命とクオリアは主に微細次元の共振パターンによって生成し、 物質とエネルギーは粗大次元の共振パターンによって生成したのではないか というのがこの仮説の第二の予言となるだろう。 だが、今日はまだそこまで先走るまい。 ひもの存在自体人類が証明できるようになるには まだ500年はかかると見られている。 <共振性原理>全体が証明されるのは 5000年先になるかも知れない。 私たちにはかかわりようのない未来になるだろうが 楽しみなことだ。 ●超多次元数学の必要性 共振的生成という概念は、 かつてわたしが共振論第1章で <一個二重> という概念として提起したものに より適切な表現を与えたものだ。 この概念は、オートポイエーシス理論を開拓している 川本英夫の<二重作動(Double operation)> という概念と共振している。 文字通り共振的に生成したものだ。 だが、本当のところ <共振性原理>は従来の四次元時空でのみ かろうじて便宜的に成立する二項論理(よいー悪い、 敵ー味方、上ー下とすべてを二分していく論理)ではなく、 11次元の多次元論理によって記述される必要がある。 人類はまだ、せいぜい6次元空間のカラビ・ヤウ数学しか持っていない。 数学者のカラビ氏とヤウ氏によるカラビ・ヤウ空間の発見は ひも理論の進展に大きく貢献した。 だが、それ以上の超多次元数学が成立することによって はじめて<共振性原理>は正しく記述される道を見出すだろう。 私にはそれを待っている時間がない。 私にできることはただ、 低次元論理に囚われた意識を消して 11次元のひもの共振パターンの変化に忠実に対応してゆらいでいる 生命とクオリアの微細な変容流動に聴き入ることができるだけだ。 からだの闇を変容流動しているのは 物質やエネルギーだけではない。 それらよりはるかに微細な生命とクオリアが変容流動している。 その微細なゆらぎに<耳を澄ます>。 ――これだけが私の方法だ。 そう、意識を休め、宇宙と生命とクオリアの微細なたわむれに耳を澄ます。 彼らはいつも微細にゆらぎ、すてきなダンスを見せてくれる。 私のサブボディ・メソッドの実技も理論も すべてこの中で発見されてきた。 からだの闇からこんこんとこみあげてくる気づきを ただ毎朝意識が必死になって言葉と図解に翻訳し 書き留めることで現出した。 ヒマラヤに来なければこの耳は得られなかった。 先進国の情報ノイズはあまりに猛々しい。 壊滅的な打撃を耳を感受性に与え続けている。 ●舞踏とひも理論の共振的生成 舞踏とひも理論の共振的生成によって サブボディ・メソッドは生まれた。 あまりに異色な取り合わせだが 深い共通性がひとつある。 それはどちらも存在と非在の間でゆらぐものだという点だ。 舞踏は、能と同じく現世と他界との境界でゆらぐ芸術だ。 それは哲学者の古東哲明の 『他界からのまなざし』において、 世阿弥の能の本質を<臨生のまなざし>として 捉える視点によって切り開かれた。 この時空と非時非空を行ったりきたり 往還する技術が舞踏の眼目だ。 ひも理論もまた、 現つの四次元時空による従来の存在と時間の国と、 微細な次元に折り畳まれている7次元空間の間を 往還するセオリーである。 まったく瓜二つではないか! ヒマラヤでの瞑想でわたしはこの 意外なワームホールを行き来することを覚えた。 舞踏とひも理論だけではない。 見かけ上遠く隔たっているもの同士が 意外な通路でつながっている。 クオリアの世界には未知の楽しみが いっぱい詰まっている。 |
|
調べたいキーワードを、上の検索欄に入力して、[Google検索]をクリックしてください。 |