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土方巽 疱瘡譚 1972年 撮影・大内田圭也



第14章 衰弱体への変成


2007年は、私にとって記念すべき年になった。
ヒマラヤに開いたサブボディ共振塾も3年目になり、
ようやく長期受講生が世界中から集まり始めた。
彼らを相手に前々からやりたかった衰弱体への変成技法を
追求する授業を開始することができた。
衰弱体への変成は見かけの動きのテクニックではまったくない。
存在の根底から、脳心身全体が変容しなければどうにもならない
超高度な脳心身の変成技法だ。、
それは一月や二月の短期で習得することなどできない。
何年もかかる長いプロセスを必要とする。
その長いからだの変成の時間を理解し、
存在全体の変成を志向する人だけが、
取り組むことができる。

今わたしは、今年の衰弱体への変成技法を世界に開く。
得られた最高の秘密は直ちに世界に公開されねばならない。
秘匿して私有しようなどと図ってはならない。
それは直ちに生命の共有財産になるべく開かれねばならない。
生命にとっての創造の意味を知らない人だけが
それを私有し、著作権などでさもしく守ろうとする。
そういう人は本当の創造などしたことがないのだ。
創造の震撼は人類とともに共振してやまないものだ。
ともあれ今年はここまで来た。
このあとどういう世界が広がっていくのか、
それはこの衰弱体への長い変成をたどりぬいたとき
はじめて開示されてくるだろう。

第一節 衰弱体の一般技法

まずは、この節で述べる技法が
からだに浸み込むまで修行することが必要だ。
頭からではなく、からだからはじめること。
「頭で衰弱体を理解してから」などと余計なさかしらを立てると、
そこで長く頓挫する。
まず頭とからだが空っぽになるまで、
からだが死体となる修行を積むこと。
それだけで何年もかかるものだ。
一歩一歩死地へ降りていく、
この修行を何年も積む中で、
からだが勝手に次章で述べる衰弱体の夢を見始める。
そうしてはじめて、きみのからだの闇からのっぴきならない
きみ固有の衰弱体がこの世ににじり出はじめる。
そのときを待てばよい。
頭で何を考えてもひどい目にあうだけだ。
長いプロセスを必要とするのはそのためだ。
このプロセスをショートカットできる道は存在しない。


一、異界ゆらぎ

全身の各部位、各細胞が絶えず
本来の位置からあらぬところへずれ続ける。

――これが体術的な基礎の基礎だ。
別項の微細振動百丹三元、
異界ゆらぎの歩行などによって、
からだがいまここの世界とどこにもない異界の間で
ふるえる薄膜のような存在に変成し、
からだの任意の部位をあらゆる方向にゆらがせられるまで
からだを微細に制御する訓練を積む。

一、衰弱にょろ

足裏の二十七の骨の間の隠れ関節が絶えずねじれ、
曲がり、ふるえる。
そのゆらぎがからだの闇の不可視の坑道を通じて
予想もしない別の場所に波及する。
絶えずあらぬかたち、あらぬタイミングのゆらぎが
生じては消える。
通常の身体を通る体感ではなく、
からだの中に異界への秘密の通路が開き、
異次元から不測のゆらぎが出てきては消尽する。
もっと頼りない衰退クオリアにからだが支配される。
言葉ではなんともこれ以上説明できない。
ただ、生きているからだとは別の体感がからだを走り抜ける。
それがからだでつかめるまで続ける。

一、ずれ続け

何が起こっているのか、
意識が捉えようとしたとたん
いつのまにか別のものに摩り替わっているので、
捉えることができない。


一、非空歩行

予測のできない不測の部位があらぬ方向に動くので、
他の部位もつられて動き、それによって
立っている位置が移り変わっていく。
通常の歩行ではないやり方で空間を移動することによって
非空間が創出される。

一、非時への旅

からだのどこかが常にいまここの時空から
どこにもない非空非時に招ばれじょじょに姿を消していく。
見たこともない時が流れ、
いつの間にか帰ってきて静かに死んでいる。




第二節 衰弱体の固有技法

以上の一般技法を最下段まで踏み降りると、
やがて次第に各人固有の惨劇が浮かんでくるからだになる。
一般技法だけでは、
まだ貌のないのっぺらぼうのようなものでしかない。
衰弱体にきみ固有の貌が浮かぶまで待つ。
それではじめてひとつの衰弱体が
死児のように生まれてくる。


一、惨劇

からだの闇のいずこかにくぐもっていた
最もひどい惨劇あるいは生の困難が口を開く。
ほとんど生きることを許されなかった
死に瀕しているもの
すでに死んでいるもの
とにかくそういうものがぞろぞろと出てくる
異様なものに変成する。

一、妖怪

人生のある時期に現れかけようとしたが、
殺されかけ、寸前のところでからだの隅に
隠れひそんで息を潜めていた妖怪たちが
蠢きはじめる。

一、したたり落ちる

思い出すこともできなくなっていた
もっとも深い悲しみ、見知らぬ怒り、
身に覚えもない痛み、ふるえ、
恨みのようなものがからだを伝い
したたり落ちていく。
もう生きもののかたちなどしていない。

一、法悦

あらぬ悦び、とびきりの陶酔が
時を間違えたかのように浮かび上がる。

一、逢瀬

知らぬ間にもっとも逢いたかった人との
逢瀬にふけりこんでいる。

一、依代

見知らぬ存在が訪ねてくる。
蝿にたかられるように
別の存在にたかられ
その依代となるにまかせる。

一、差し上げ

どこのどなたかは存じませぬが、
こんなからだでよろしければどうぞ
お使いくださいと差し上げる。

一、もののけ

どうやら人ではないもののけも
やってきているようだ。
動き方が人とはまるで違うのでそれと知られる。
獣の輪郭をした娘
咆哮している息子
諮詢しつつ石に変化する老婆たちの腰つき


一、臨生

夙くの昔にお亡くなりになったかたたちだ。
なにか伝えたげにこの現し世を見つめているが
何を言いたいのかは捉えられない。

一、あらぬ姿

人様に見られては存在できぬあらぬ姿になっている。
これまでの仕方では人に見せることはできない。
なにかとんでもない固有の劇場を
発明しない限り人には見せられぬ。

一、秘兆

この修行は人に見せないで行う。
人目を気にすると出てきてくれない
消え入りそうなお方たちばかりだ。
そんな修行をしていることさえ秘めよ。
出来上がるまでは愛しい人にさえ知られるな。
見られたら存在できぬぎりぎりのあらぬ姿に変成する。


第三節 衰弱体の個別技法

衰弱体には無数の個別技法がある。
ここでは、これまでに言語化できている限りのものを
各チャンネルに分けて述べる。
踊りの技法は言語化すればかならず平板になる。
とりわけ衰弱体の技法は言語化不可能なものが圧倒的に多い。
からだからからだへの非言語コミュニケーションでしか
伝わらないものにむしろ本質がある。
各チャンネルに分け、言語化するのは
世界に開く解説と練習の便宜のために過ぎない。
実際にはこれらが多数多次元に重畳して現れ、
この次元から別の異次元にゆらぎ出、
異次元からこの次元にゆらぎ戻る。

<空間崩壊系>

SF/Sway Fade

からだの任意の部位がゆらぎ立ち、萎み消え入る。

SS/Shrink Shake

震えつつ縮んでいく。

BT/Bend Turn

曲がりねじれる

CR/Collapse Rotate

からだの部位と部位が重力崩壊するように合体し、
ねじれつつ貫入する。

<時間崩壊系>

RD/ Random Delay

各部位の動きがちぐはぐに遅れだす。

UI/Unexpected Inisiation

予期せぬ部位が予期せぬタイミングで動くので
歩行ではないやりかたで空間を移動してしまう

SC/Subtle Cramp

からだの各部に微細な痙攣が起こる。

SP/Strange Progression

ある動きが不測の部位に飛び火して発展していく。

EA/Extreme Amplify

ひとつの動き(たとえば顔こすり)がとんでもない極限まで増幅される



<チャンネル崩壊系>

一、体疾


GC/Gravity Change

からだの部位、たとえば左足がやけに重くなる。
見ると石に変質している。
気がつけば右肩から気化しかけている。

FM/Freeze Melt

半身が凍り付いていく。
貌が溶けてしたたりはじめる。

一、眼疾

眼が光を捉える器官から別の器官に変質していく。
見ているのではなく、眼がもののけに変成する。

一、声疾

何か唸っているように見えた口から声が消え
声亡き訴えそのものになる。
その訴えすら消失の間際に萎む。

一、情疾

HN/Humanoid

神経を盗まれ、人の心を失う。
やがてシステムエラーが起こりだす。

RF/Random Feeling

感情や情動の制御が狂い、
さまざまな記憶や感情が
超高速に入り乱れる貌になる。

一、関疾

RF/relation ship Fading

関わろうとするも力尽きて関われない。
衰弱のディスコミュニケーション。

IC/Imaginary Creature

見知らぬ生きものが戯れ、脅かしにやってくる。
体内にさえ入りこまれる。

IP/Imaginary Partner

いつの間にか命なき人がパートナーになっている。

一、世自疾

WC/World Collapse

世界が持ちこたえられなくなって崩壊しのしかかってくる。

SC/Self Collapse

新たな自己に転生せざるええなくなる。


一、想疾

DP/Dellusive Possesion

奇妙な妄想に取り付かれる。

TF/Thinking Fading

思いが立ち上りかけてはつかめないまま萎んでいく。


以上の個別技法は、
各人固有のからだの闇から押し出されてくる
のっぴきならない衰弱のクオリアと
ひとつになったときにはじめて踊りになる。
それを搾り出すことが真の変成なのだ。


附・土方の衰弱体秘伝書の解読について

まずは、自分自身の衰弱体をとことん探せ。
からだの闇の多次元変容世界をむしりまくれ。
その世界を縦横無尽に動けるようになってはじめて、
土方巽がおのれの衰弱体の秘密を開示しようとした
『闇の舞姫』という秘伝書を解く鍵が見つかる。
『闇の舞姫』は土方自身がおのれの衰弱体を掘り探るためにさ迷い歩いた多次元変容世界をあるがまま描き出そうとしたこの世に類例のない書だ。
人類はまだ、サブボディの棲むリゾーム論理と、
日常体が拘束されているツリー論理の世界を
自在に行き来するツリーリゾーム論理を持ち合わせていない。
土方は無手勝流で一気にその異業をなし遂げようとした。
土方と同じように自分自身のからだの闇をまさぐり、
さまよいあぐねて共振するものを探り当てようとするものだけが
その書の秘密に触れることができる。
それ以外の方法で読もうとしても
ちんぷんかんぷん解読のしようがない書だ。