サブボディへの
ご招待
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サブボディとはなにか


サブボディへのご招待

2017年3月5日

新旧の共同研究者への手紙

以前からも目指していたことですが、今年わたしたちは宣言します。
わたしたちは「学校」という衣を脱ぐ。
学校という階層秩序に基づいたツリー型の組織ではなく、
教師と生徒の区別もない、上も下もないリゾーム型の共創集団に移行することを。
いきなりで、面食らう方もいるかもしれませんが、
実は何一つ変わりはありません。
共振塾に教師がいないのは、ずっと前からです。
教師ではなく、産婆としてわたしは塾生のからだの闇に息づくサブボディが生まれでてくる息吹に耳を澄まし、それにそっと助力する<産婆>として仕事をしてきた。
塾生の自覚を促すため、あえて宣言した次第です。

ヒマラヤへようこそ!

はじめにいくつか共有したい重要な事柄があります。
ヒマラヤについて、最初にすべきことは、落ち着いて空になることです。
すべてを忘れて、夢を見て、リラックスしてください。
自分自身が今まで、社会の中でとらわれてきた、あなたという自己、あるいは自我、自己同一性、身元、国籍、性別などへのこだわりから、あなた自身を解放してあげてください。

共振塾では、下意識の世界を一緒に旅します。
日常の意識は、下意識のことをまったく知りません。
だから、意識にとって下意識は、その存在さえ認められない「無意識」なのです。
意識は、下意識やサブボディ=っ子―ボディに触れたとたん、無視しようとしたり、否定しようとします。
ここでの旅の最中は、そういう自我や自己があまり出しゃばらないように、自分で注意してください。
(自分でどうしていいかわからなくなったら、いつでも相談に乗ります。ご安心ください。)

これまで日常世界で身に付けていた無意識の習慣や癖を少しずつ脱ぎ捨ていきます。
思考の習慣、善悪・正誤の判断癖、モバイルやパソコンを通じてネット情報への耽溺などを脱ぎ捨ててください。
それらすべては、下意識の旅の妨げになるからです。


サブボディ共振舞踏とは何か?


1.サブボディ=コーボディ

サブボディ技法は正確には、サブボディコーボディ技法といいます。サブボディとは下意識のからだを意味します。
日常の世界では、精神と身体は異なるものとみなされています。しかし、下意識の世界では、下意識とからだは分離されていません。渾然一体化しています。それをサブボディと呼びます。
コーボディは、以前は「共振するサブボディである」と言っていました。しかし、実際には、サブボディは常に互いに共振しているので、サブボディは同時にコ―ボディでもあります。
日常の目には、サブボディはときに単独であり、ときに群れているように見えますが、下意識の世界では、両者に本質的な区別はありません。
そこは、自己と他者の区別が生まれる前の、非二元の世界です。日常界のような、わたしとあなた、内と外、などの区別はありません。それどころか、良否、正誤、明るい暗いなどの区分もありません。そういうものは人間の日常世界だけにある幻想です。
自然界ではだれも判断をしません。いのちはただ生きています。わたしたちはそこに二元論的判断という人間の幻想を持ち込まないようにしなければなりません。

呼吸や、ゆらぎの瞑想を通じて、わたしたちは日常のこころとからだを鎮め、思考モードから、からだのかすかな感じに耳を傾けるリスニングモードに移行します。
それが生命の無限の創造性を開く第一歩になります。
日常の思考や判断を十分に止めると、微細な感覚や、イメージ、思いだせない記憶などのかすかな兆候がからだの奥深くで変容しつつ流れているのを感じることができます。わたしたちはそれらを<クオリア>と呼んでいます。

2.クオリア

いのちは常にあらゆるものと共振しています。
クオリアとは、いのちが共振するものすべてです。
いのちは40億年前の誕生以来、重力、光、空気、温度、匂い、音などのクオリアと共振し続けてきました。それら物理的なクオリアだけではなく、それらの記憶、夢、情動、想像、幻想など目に見えない精神的なクオリアとも常に共振し続けています。
共振塾では、全員が意識を鎮め、からだの闇で変容流動するクオリアに耳を澄ませ、からだの動きでそれに従い、自他の区別を超えて、不可視の世界を共創します。
今年からは、そのクオリアの流れをことばで語りながら、共創する技法も生まれました。

3.共振

サブボディ共振技法は、本質的に、<共振>に基づいています。
「宇宙のあらゆるものは、共振するひもの共振パターンの変化によって生成する」という現代物理学の最新のひも理論を踏まえ、
生命が共振するあらゆるクオリアもまた、微細なひもの共振パターンの変化によって、生成し、変容流動しているという仮説に立ちます。その仮説が正しいかどうかには、関わりません。
ただ、時間も空間も超えて絶えず共振し続けているクオリアに耳を澄まし、その変化をからだで追うこと、自他を超えて共創すること、異なるクオリアが出会うと直ちに新しいクオリアが生み出されること、それだけでいのちのもつ無限の創造性を全開することができます。創造者にとってはそれだけで十分です。
この生命共振クオリアの精妙できわめて複雑なありかたを共同で実験し、共創を通じて実践的に研究することが共振塾での中心的な仕事です。
クオリアの共振パターンは無限にあります。
しかしそれはとても微妙です。それは言語思考や情報よりもずっとかすかで消え入りそうな気配しかありません。
思考や判断をしたり、情報に左右されたりした途端に消失してしまいます。言語思考を始めると、脳内を行き交う強い電気エネルギーによって、カスカなクオリアはマスキングされ、気づくことができなくなります。
その微細なクオリアに触れるためには、わたしたちは日常世界でまとっていたあらゆる種類の「人間」の習慣から解放される必要があります。日常世界ではわたしたちは、「人間である」という催眠によって、クオリアに耳を澄ますことのできない状態に追いやられています。その眠りから覚め、錯覚を脱することが必要になります。「人間」という概念は、二元論的な幻想に基づいています。「人間」という概念は、人間と動物の二元論的分割から始まる。人間は価値があり、それ以外の動物は劣っているという共同幻想に基づいています。それは自己と他者の分裂に囚われています。自己は常に他者よりも大切であるという妄想、自我は常に正しく、もっとも重要であるという独りよがりな信念。<自我>とは、じつは現代において最強の<元型>である。前近世の宗教的な共同幻想にとって代わって、現代の人にとり憑いた<元型>なのです。
下意識世界を旅するにあたって、わたしたちは自我も含め、あらゆる元型や祖型に囚われない細心の注意が必要です。

4. 生命の舞踏

サブボディ=コーボディの世界は、創造性と独創性、共振性にあふれています。旅する中でクオリアが別のクオリアと出会う度に新しいクオリアがどんどん生まれてきます。わたしたち自身が何かを創る努力をする必要はない、むしろそれは邪魔になるだけだ。からだの闇み耳を澄ますことだけに集中していればいい。あなたではなく、あなたのサブボディ=コーボディが多数多様な斬新な動きを創り出します。あなたは、自我と自己を空っぽにし、ただいのちにサブボディとコーボディを預け、従うだけでいいのです。だからこそ、何の制約にも囚われない斬新で、価値のある創造が生まれるのです。
舞踏の創始者であった土方巽は、自己表現や自我表現ではなく、生命の舞踏を追求した。彼は、「人間のすべての条件を忘れることは絶対に忘れないでください。」と言い続けた。自他分化以前のからだの闇は、日常世界の二元論的な論理とはまったく別の論理を持っている。彼はそれを「隠れた論理」と呼んだ。
サブボディ=コーボディ共振舞踏技法を学ぶとは、からだの闇の中で動いている生命共振クオリアの「隠れた論理」を研究することです。素材は誰もが等しく持っている。わたしたちは上や下という区別のない共同研究者として、いのちの隠された論理を研究するのです。

ただ、気を配らなければならない大きな障害があります。
それは急速に肥大し続ける情報化の嵐です。
わたしたちは前人未踏の巨大な情報化の嵐に惑わされています。
共振塾でも去年辺りから、休み時間になるやいなや、モバイルにしがみつく人が出現しはじめた。それは、かすかなクオリアに耳を澄ます修行を妨げる大きな妨げになります。
クオリアではなく情報に触れると、情報を情報として成り立たせている無意識の二元論的幻想に囚われやすくなる。そして自他、正誤などの二元論的囚われを持ち込んでしまう。
それはいのちが属する非二元多次元共振世界とは根本的に異なります。生命は物理的な三次元空間に属す存在であるだけではなく、多次元かつ非二元の領域で共振しています。
だからこそ、そこで生まれるサブボディ=コーボディの創造が、斬新かつ奇妙で、世界でたったひとつのユニークさを持つのです。サブボディ=コーボディはいわばこの未知の世界を旅する特製の船です。この船に乗り込み、生命のすべての共振を肯定し、受け入れること、ひとつの命として共創すること。それがサブボディ共振舞踏の精髄です。

5.透明

透明であるとは、なにものにもとらわれないことを意味します。内からの衝動や傾性にとらわれず、外からの判断や価値基準にとらわれることのない、完璧で厳密に自由であることを意味します。並大抵のことではありません。
透明になろうとする道で、わたしたちは生命の無限の創造性、独創性、共振性に触れることができます。
創造は生命の最大の贈り物です。創造はわたしたちの自己表現ではなく、わたしたちの持ち物でもありません。わたしたちはすべての創造を生命共振を通じて生命に返します。
この過程全体を透明に味わい、楽しみ、世界と共有してください。それは人生でもっとも美味しいものです。

生命ってなに?

全員がこの問いに対するそれぞれの答えを用意してください。
最初の日にそれを共有します。心配ご無用誰も正解など知らない問いですから、自由に答えを用意して、他の人と交換しあいます。これが最初の週の最初の共同研究になります。



2014年3月5日

こんな辺鄙なヒマラヤのサイトまでよくぞお越しくださってありがとうございます。


さっそく、サブボディになる方法をご紹介します。
サブボディは誰もが持っているもうひとつの下意識のからだなのですが、
言葉で理解するより、からだで味わうのが一番です。
一度知れば、その気持ちよさ、面白さのとりこになって、
もう後戻りはできなくなるほどの豊饒な世界です。
気が向いたとき、試してみてください。

ゆらぎ瞑想

静かな一人きりになれる場所を見つけて座ります。
あぐらなど楽な姿勢で。
息を吸いながら背筋を伸ばします。
空から頭につながった糸で背骨が空に吊りあげられていくとイメージすると気持ちよく背骨が伸びます。
伸びきったらハァーッと息を吐いてください。口からでも鼻からでも結構です。
吐くとき、糸に吊らされた背骨はそのままに、からだ中の細胞が地球の中心に向かって落ちていくと感じて脱力します。
これを数回繰り返すだけで、ぐんと心身がリラックスできます。
(時間がないときは、この呼吸と脱力だけでも一挙に心身が楽になります。
自分がなにかに緊張しているなと気づいたとき試して見てください)。


静かに長い呼吸をしながら、船にのっているとイメージしてください。
自分ではなくて船が前後に揺れるのでからだがゆらされるにまかせます。
大きな時計の中心に座っているとして、はじめは12時−6時方向にゆられています。
そのうち船のゆらぎが1時−7時方向に変わるので、
からだもそれにつられてゆらぎの方向が変わります。
2、3回繰り返したら、船のゆらぎが2時−8時方向に変わっていきます。…
気持ちよい速度と振幅で、順次時計にそってゆらぎが変わっていくのに従います。
一周するころには、時計の方向にしたがうのが面倒になってくることでしょう。
そうなったらランダムなゆらぎに移ります。
からだのゆらぎたいままの速度とおおきさにまかせてください。
しばらく続けていると、持ちのよい体感がからだに満ちてきます。
その心地よさに心身をあずけてゆらぎつづけます。
そのうち、顔も緩んできます。
口をだらんと開けたくなればそうするに任せます。
目の方向がだんだん上に移り、白眼になってうつろに虚空をさまよいはじめます。
続けていくと、えもいわれぬ快感がからだを駆け巡りだします。
からだ中をめぐっている心地よいながれをあじわいながらゆらぎつづけてください。
日ごろは気づかないからだのいろんな場所のいろんなかすかな感じにきづくようになります。
こわばっていたり、緩んだり、温かく感じたり、寒くなったり、
重くなったり、軽くなったり、ごくごくわずかだけれどいつもからだの感じはかわっているのに気づくと思います。

心地よい感じがからだじゅうで感じられるようになったら、
突然ゆらぎの速度と大きさを十分の一に落とします。
からだの中のかすかな体感がもっと微細に、しかも多彩に感じられるようになります。
それをこころゆくまで味わってください。
味わっているうちに楽しくなってきます。
からだの中にこんなにいろんな感じの変化が刻々と起こっていたなんて!
そう、そこはとても味わい深い劇場なのです。
ときには忘れていた昔の体感がよみがえってきたり、
思い出せなかった記憶がよみがえってきたりします。
浮かんでくるものをたっぷり味わいます。
からだの闇の中で繰り広げられているゆらぎの劇場の観客になったつもりで楽しんでください。
もし、からだが動きたくなったら、どんな動きでもそれに心身を預けてついていってください。

それがサブボディです。
毎日このゆらぎ瞑想をすこしずつ続けていくと、毎日サブボディの様子が違うのに気づきます。
ときには、思いがけない気づきがやってきたり、
とんでもない創造のヒントをくれたりします。
ひとたびサブボディに出会えば、生涯の友達になります。
サブボディは忘れている命からのメッセージを届けてくれる使者なのです。
命とひとつになれるまでお続けください。


もっといろいろ続けたくなったら、このサイトの「実技ガイド」を開いて見てください。
最初のほうにいろいろなサブボディ瞑想の方法が載っています。
お楽しみください。


                                               ヒマラヤから
                                               リゾーム Lee

サブボディとはなにか


自分固有の踊りの創始者になる

サブボディは日常の心身の下に潜んでいる、もうひとつのからだである。
そこでは創造的下意識とからだがひとつになっている。
それはとてもユニークで創造性にあふれている。
それにとても人懐っこい。
サブボディをうまく見つけると、きみは君のからだの闇で眠っていた下意識の創造性をフルに開き、世界でただひとつの自分固有のサブボディの踊りを生み出す創造者になることができる。

からだに聴く

からだの闇に潜り、かすかなシグナルに耳を澄ます。深い呼吸によって意識を休め、心地よくゆらぎながら、からだの奥から聴こえてくる、かすかなかすかなサインに注意を払う。からだの感じや、ふとよぎる思い、わけの分からない不安や不快感、ときによりからだの闇はさまざまなシグナルを送り続けていることに気づくはずだ。

サブボディになりこむ

なんらかのサブシグナルをキャッチしたら、からだごとそれに乗り込んでいく。動きたければ動く。溶けたければ溶ける。漂いたければ漂う。震えたければ震える。風になりたければ風になる。どんな傾向でもいい。かすかな気配のようなものを感じたら,すばやくそれを全心身で応援し、増幅していく。そのとき、きみはサブボディとひとつになる。重要なのは、からだを動かすということだ。からだを自分から切り離したままではいつまでたっても自分とひとつになれない。

共振原理

サブボディが人懐っこいのは、それが<共振>を運動原理として変容流動しているからだ。サブボディの動きは、三次元世界の制約を受けた日常心身とはまるで異なる動き方をする。どんなものとでも共振し、共振すればただちにそのものに変容していく、多数の次元を超えて流動する変幻自在のからだである。

サブボディ=cobodyの謎

たとえばサブボディが他のサブボディと共振すると、ただちにcobody(共身体)に変容する。踊りの中ではこういう不思議なことが次々と起こる。

自分のからだの闇に潜り、秘密の衝動に身を任せて自分独特のサブボディになりこんでいけばいくほど、いつの間にか、それがほかの人のサブボディとどこかで通じ合い響きあっている。サブボディとコーボディの間のこの魅惑に満ちた謎を解いていくことが、サブボディ・ダンスの楽しみである。

自全(自分の全体)とひとつになる

いつも、自分の全体とひとつになるように生きること。現代社会では私たちは自分がいくつもの断片に分断されて生きている。心、からだ、無意識、対社会的人格、ノット・ミー、くぐもり、などなどに。そして、ほんとうの自分からはぐれてしまっている。みんな同じようにはぐれているから、それをおかしいと感じることさえできなくなっている。だが、いろいろな心身症や神経症はすべてこの強いられた分断に対する自分の全体の反乱として起こっている。感受性が鋭い人ほど心の病になりやすいのだ。この世で「正常人」として生き続けるにはよほど鈍感にならないとやっていけない。

サブボディになるとは、これらの分断を超えて、自分の全体とひとつになるように生きることだ。自分の中のすべてを認め、肯定し、自分の中に住まわせてやることが大事だ。君が今生きる場で、そう生きることができないとしたら、そういう窮屈な場にとらわれていることが大きな間違いなのだ。君はいまとは別の場所で別の生き方をすることが出来る。

共振タッチ技法を身につけよう

サブボディ共振塾では、生命ゆらぎに耳を澄ませ、自分の命が発している声を聴くことができる原生的な感覚をよみがえらせることから始める。

すると、同時にきみは命がこの世界のすべてのものと共振していることに気づく。自然とも、ほかの人たちともだ。自分の全体を肯定できる人は、他の人の全体をも肯定できる。ひとそれぞれのあらゆる多様性と無数の差異を肯定する生き方が始まる。

そばに心やからだを傷めた人がいればそっとそばによって、その人の命のゆらぎに聴きこむ。そのゆらぎに自分の命が共振していることをつかめば、一緒にそっと共振してあげればいい。その人の生命ゆらぎをそっと励ますように、揺すってあげる。それだけで人は孤独から解放され生きる力をよみがえらせることができる。それが共振タッチ技法だ。心身に悩みや障害を持つ人ほど、他の人の傷みにも共振できる力を持っている。この技法を深く身につければきみはそれを生かして世の中の悩む人のために生き始めることができる。

●共振できる世界を共創しよう

今の社会は人と人が必要以上にいがみ合っている。生命が共振していることを忘れさっているからだ。サブボディ共振塾では、生命共振に基づき、人と人がもっと温かく助け合って生きることができる社会づくりをめざす。といってもまずは君自身がほかの人をそっと手助けできる生命共振に気づくことからはじめていけばいい。世界はほんの少しずつだけれど、ここから変わっていく。

ヒマラヤインド・ダラムサラへ来たれ!

サブボディになろう。自分の全体を取り戻そう。共振力をよみがえらせ、新しい生き方を始めよう。そう感じた人はいますぐヒマラヤインド・ダラムサラへいらっしゃい。サブボディへの道はいつも大きく開かれている。

●共振タッチ(リゾタッチ)とはなにか

共振タッチ(リゾタッチ)とは、下意識のからだであるサブボディとサブボディの間に生起する生命共振現象に耳を澄まし、そっとそれを増幅してともに心地よい生体微振動を共有する技法です。

一般の指圧やマッサージのように、物理的なからだとからだの間に物理的な力を働かせることに主眼があるのではなく、下意識に働きかける、最小限のかすかな振動を送るだけでいいのです。

わたしたちの下意識は、胎児時代に母親の子宮の中で感じていた心地よい微振動をつうじた生体共振をいつも求めています。

共振現象には主体と客体の区別がなく、どちらからともなく自然に起こるものという本質を持っています。ですから、共振タッチは一方が他方に働きかけるという関係ではなく、生命が自然に相互に共振していることに気づき、それをほんの少し力づけあうものです。共振とは本質的に相互肯定なのです。

わたしたちの命は、否定されることを求めていません。命が最も求めているのは無限の肯定です。共振タッチは命が最も求めているものを互いに与え合い分かち合うものです。

この生命が根源的に求めている心地よい生体共振を増幅する技術を身につけることで、わたしたちは、心身の問題に悩み苦しむ人々を手助けし、自分の命に共振し、自分の全体を肯定して生きる力を回復することができます。

サブボディ共振塾では、自全(自分の全体)に触れ、自全の中にあるものすべてを肯定する自分だけのサブボディ舞踏を創造するサブボディ舞踏メソッドと、共振タッチ(リゾタッチ)技法を、ちょうど車の両輪のように学び活用する力を身につけることによって、自分の創造性、固有性、そして共振性を百パーセント開花させていく、新しい生き方を身につけることを目的とします。


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