生命共振を世界に
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生命共振ジャーナル
 共振塾ヒマラヤ、再始動!


インド、ヒマラヤのコロナウイルスはようやく下火になってきました。とはいえ近隣国ではピークを迎えようとしている地域もあります。ゆっくり注意深く共振塾舞踏コースをd再開してくことにしました。興味のある方は下記にメールをお送りください。

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クオリア・リゾーム・共振

クオリアの<共振創発>という創造性の原理の発見は、生命共振クオリアの探求と、物理学のひも理論との出会いの中で起こった。ここではその歴史を簡単に振り返ろう。

 

共振するリゾームとしてのクオリアとひも

クオリア、ひも、いのちは共振するリゾームである。リゾームはいつでもどこでも自由に連結し柔軟に分離できる。リゾームのその特徴は共振によって生み出されている。

クオリア
 
生命の創造性はクオリアの共振に基づいている。クオリアが他のクオリアに遭遇すると、共振によって自動的に新しいクオリアを生成する。わたしたちはそれをクオリアの<共振創発>と名付けた。それがいのちの無限の創造性の基礎にあることはすでに述べた通りだ。

 

図1 素粒子とひも 図の左の方にこれまで発見された素粒子がサイズに応じて配置されている。中央の大きな黒い未知の領域を挟んで、右端のオレンジ色の部分がひもの領域だ。


 
ひも理論
現代物理学の尖端のひも理論によれば宇宙の万物はすべてひもの共振パターンの変化によって生成されている。ひもは宇宙でもっとも小さい距離であるプランク長さに折り畳まれている。
プランク長さは1mのマイナス33乗、すなわち
0.00000000000000000000000000000000001m
というサイスである。原子が1mのマイナス8乗、クオークがマイナス14乗であるのに比べても極端に小さい空間で震えていることがわかる。


 

図2 ひも共振があらゆる物質をつくる

ネルギーと質量
アインシュタインは、エネルギーと質量が同じものであることを発見した。それらは相互に変換することができる。相対論の有名な公式 E = mc2乗)は、エネルギーが質量に光速の自乗という巨大な定数をかけることにより相互変換が可能であることを示している。
すべての質量とエネルギーは、ひもの共振パターンの違いによってつくられている。標準物理学では、宇宙には4種類の力(相互作用)があり、重力、磁力、強い力、弱い力の4つの組み合わせによってあらゆる物質とエネルギーは生成変容するとされてきた。


11次元空間
ひも理論によれば、ひもは11次元空間で共鳴している。プランク長さに巻き込まれた6次元の極小カラビヤウ空間と、わたしたちの日常感覚でよく知られている3つの大きな空間次元と1つの時間次元、そしてひも自体がもつ1次元の合計11次元空間でひもは共振している。

 


図3 6次元のカラビヤウ空間

図4 ひもは宇宙のいたるところで共振している

<ひもの非数性>

ひもは数えることができない。ひもの持つ重要な特徴は、それが数を超えて共振連結・分離し、1つのひもがときに2つにも3つにも分離しかつまた連結によってその数を変えることができる点にある。粒子との根本的な違いだ。ひもは誰もそれを数えることができないリゾームとしての性質をもっている。

図5 ひもは柔軟に連結・分離することでその数を変幻する
無限の共振パターン
ひもの共鳴パターンは無限である。彼らは無限にサイズ、形を変えることができる。

 

 

図6 ひもの共振パターンは無限である


クオリアの共振パターンも無限
ひもの共振パターンが無限であると同様、クオリアもまた無限に変容流動する。宇宙に無限は一つしかないと思われるから、ひもとクオリアはどこかでつながっているだろう。その両者を結ぶものこそいのちである。

いのち
生命は地球上で40億年前に生まれた。ひも理論によると、宇宙の万物はひもの共振パタンの違いによって生成するから、生命もまたひもの独特の共振パターンによって生まれたことになる。
地球に生まれた生命は、それ以前の物質やエネルギーとはまったく異なる特別な共振パターンを持っていた。それが<生命共振としてのクオリア>である。

 

生命は環境との共振を通して自分の細胞の状態の変化をクオリアとして認識することができ、かつそれを細胞記憶として保存する能力を持っている。
外部世界とのいまここでの物理的共振は<外クオリア>、細胞記憶は<内クオリア>と呼ぶ。そしてこの両者はいつも二重に共振し、それによって生命は現在の状況を把握することができる。


何を失うことで、クオリアは情報になるのか

情報とクオリア

情報とクオリアの関係は、一言で違いを述べると、情報はクオリアに基づいて生まれるが、生のクオリアがもつ無限の共振パターンの変化を捨象し、機械にも扱える情報に転換される。非二元多次元で共振しているクオリアの持つ無限の共振の次元数を極限まで減じ、0と1(オフとオン)の二元的信号に還元したものが機械にも処理できる機械語の情報だ。おもに言語、映像、音像のクオリアが情報に転換されてきた。

情報化時代がもたらした変化は、大脳下層の生の感覚・運動クオリアと切れたかたちで、大脳新皮質上層部にクオリアから疎外された情報が直接洪水のように流入するようになったことだ。

胎児期、乳児期、幼児期の記憶や夢や無意識の体験は深くこれら祖型的なクオリアや、元型的なイメージと共振して大脳新皮質に刻み込まれている。情報化以前の日本やアジア社会では、誕生後も乳児は長く母とともに過ごし、胎児期の延長とも言える母子一体的な非二元世界にたゆたいながら生長した。そこは民話や神話の元型的なイメージやおそれやふるえという祖型的な情動・体動に満ちていた。大脳が自我や言語意識の二元論に縛られず、口から口へ伝えられる物語は無限の生命クオリア共振に裏打ちされていた。野外での子どもたちの一見危険な遊びからも多くのことを学ぶことができた。

情報化の進展と、西洋型の育児方式によって、みながみな、乳児期の早期から母体から切り離された寂しさとそれをこらえる硬い自我の緊張を強いられ、自我のペルソナを堅くかぶるようになった。幼児期からテレビやインターネットを通じたヴァーチャルな情報を呼吸して育つ子どもが世界中に増えてきた。多くの情報を操作できるが、情報には生のクオリアが脈打っていない。情報は、深部のクオリアから離れて左右の大脳新皮質2,3層だけを往還することができる。これが、ここ数十年の情報化社会の世界的拡大が生命にもたらしたもっとも大きな影響のひとつである。クオリアから生命共振を差っ引いた残り物が情報だ。インターネットを通じてだれもがそういう貧しい情報をやり取りしている。

 

<クオリア言語>の発見

だが、近年わたしたちが発見したクオリアと言語の中間領域にある<クオリア言語>やそれを使った<クオリア思考>の発見が、それまでのわたしたちが囚われていたクオリアと言語の二元論的な対立からわたしたちを解き放った。クオリア言語とからだの動きによる<ドリーミングシェア>や<クオリアシェア>という新しい技法が発見されて、今年の革命的爆発につながった。だれもが豊かな生の生命共振クオリアを分かち合うことができるようになったのだ(第7,8,9章参照)。わたしたちの静かな生命共振革命は、もういちど世界に豊かな生命共振クオリアによる交通を復権させることからはじまる。


デフォルトモードの発見

従来、この状態の脳はなにもしていない状態と捉えられていたが、近年の脳研究で、この状態では、思考状態よりもより活発な活動が行われていることが発見された。デフォルトモードと呼ぶ。下図では❶マインドワンダリングとして示されている。

思考状態の脳

なにかに集中して思考しているときの脳は前頭前野とよぶ思考野のみが活動している。

 

 

 

 

 

瞑想と瞑動

デフォルトモードの脳・瞑想中の脳

マインドワンダリング状態とも呼ばれるデフォルトモードでは、これに対し、運動野以外のほとんどの脳領域が活発に活動し、コミュニケーションを図っている。瞑想中の脳を観察すると、このデフォルトモードになっていることも発見された。脳内のさまざまなクオリアが出会い、<共振創発>によって、新しいクオリアを生むことができる。これが瞑想中に思わぬひらめきや悟りが訪れる根拠だ。

瞑動中の脳

動く瞑想、瞑動中の脳はまだ誰にも観察されていないが、上図のように運動野を含む大脳の全領域が活性化し、異領域のクオリアと異領域のクオリアが自由に出会い、<共振創発>による新しいクオリアの創出がもっとも活発に行われる状態であることは、容易に想像できる。実際、これまでに見たこともないみずみずしいサブボディ=コーボディが塾生のからだからこんこんと湧き出ることによって、立証される。

瞑動とは、古典的な瞑想が閉じてきた動きのチャンネルを開き、全チャンネルのクオリアの出会いをもっとも促進することのできる画期的な方法である。瞑動技法は舞踏やダンスのみならず、あらゆるジャンルの芸術に適用することができる。あらゆる人が創造者になることができる人類史上もっとも重大な発見のひとつである。瞑動は来たるべき静かな生命共振革命の中で、だれもが自分らしい創造者としての生を開くことのできる時代を切り開くだろう。

 

 



思考を止める技術

思考を止めることは、サブボディのアルファとオメガだ

なぜ、思考を止める必要があるのか?

大脳皮質は6つの層からなるコラム(柱)状の構造をもつ。第2,3層は左右脳の交通による言語思考、4,5層は感覚、6層は運動に関するグリア・ニューロンネットワークを構成する。言語思考を行っている脳では第2,3層のニューロンが盛んに連結発火している。4,5,6の大脳皮質の下層部のグリア・ニューロンネットワークに保存されている多様な微細クオリアに直接耳を澄ますには、第2,3層の電気信号の連結発火を止めなければならない。そのままにしていると、それにマスキングされて、微細な感覚・運動のクオリアを感知することができない。グリア=グリア間、グリア=ニューロン間の共振は、メッセージ物質の化学信号を介して行われるため、ニューロンの電気信号に比べて極端に微細な信号であるからだ。高速道路の真ん中で、微細なクオリアに耳を澄まそうとしても大音響にマスキングされて不可能になる。

このため、大脳皮質2,3層を行き交う言語思考の電気信号を最小限にまで抑制する必要がある。声に出して話すことを止めるのみならず、絶えず、無意識裡に立ち上がってくる内語にも注意しその立ち上がりで止める必要がある。古典瞑想でいう「念を継がない」というテクニックだ。この小さな気づきをサティと呼ぶ。サティによって、言語思考を止めたときにだけ、大脳皮質深部で行き交う微細なクオリアに、耳を澄ますことができる。

 

大脳内の電気信号の状態を示す脳波は、言語思考を行っているときは、一番上のベータ波モードにある。思考を止め、ぼおっとしている状態になるとアルファ波モードになる。瞑想状態でもこのアルファ波モードになることが知られている。

 




小さな変化の重層共振による大きな変化

2018-19年のサブボディ技法の革命の特徴は、いくつもの小さな変革が突然多数多層に共振し始めたことによって起こった。毎日、それまでに見たこともないような動きながらの想像力と創造力のとてつもない解放が塾生のからだに起こっているのを目の当たりにしながら、

(いったい何が起こっているのか?)

と、全員のからだの闇に耳を澄まし続けてきた。時間がすぎてようやくわかってきたことは、単一の要因によるものではなく、いくつもの小さな変革が共振し合うことで、突然多様体に変容し、巨大な多様体への変成が起こった。共振塾は突然サブボディ=コーボディリゾームという多様体に変容したのだ。それをもたらしたひとつひとつの要因をとらえていきたい。

 変革の核のひとつは、からだを動かしながらの瞑想=<瞑動>であり、もうひとつの核は、ただひとりの産婆がガイドするのではなく、全員が共同探体し、それをただちにシェアする<共振探体=共振産婆=共創技法>だ。全員がかつての自我を頭とする自己同一性の殻に閉じこもっている状態から、からだの各部が、自我の領土を離れて自由に変容し始める<脱領土化>と<再領土化>がはじまった。もう誰がガイドするとかということがどうでも良くなる境地に達した。

各自が瞑動調体をガイドしシェアする<共振ヨガ>、探体を共有する<共振探体>、全員で産婆になりあう<共振産婆>など近年進めてきた革新と相まって、共振塾生の動きながらの想像力が突然超伝導状態に変容する、タガが外れたかのような大きな解放につながった。これまでのリゾームも、すでに自分のからだの各部が他の人のからだのどことでも、自由に連結・分離するという、脱領土化の要素を秘め持っていたが、それが瞑動や共振調体のなかで、自分のからだの領主と自認している自我との関係を転覆して、自由に領土から離れ自在に変容するという、からだと自我との<関係の革命>をもたらしたのが、今回の多次元的な革命の真相であろう。

 


サブボディ=コーボディ共創

第18回舞踏祭とヨーロッパツアーの大きな収穫

2019年夏の第18回国際舞踏祭ヒマラヤでは驚くほどのいのちの創造力が爆発した。毎日塾生たちが開く新しい舞踏世界の独創性に驚かされた。誰かが率先して共創したコーボディ作品がほぼ毎日繰り広げられた。ヒマラヤで20年コーボディ共創に注力してきたわたしでさえ、見たこともないような共振パターンや舞台の仕掛けが次から次へと出現した。踊り手たちはまるで疲れを知らない子供のように、毎日異なるコーボディ世界を共創し続けた。それが12日間ぶっ通しで続いた。しかも舞踏祭が終わるやいなや、それに参加した40名の舞踏手のうち半数以上が2ヶ月、3ヶ月に渡るリゾーム的なヨーロッパツアーを開始した。ヨーロッパ在住の古手のサブボディ=コーボディとも共振し、のべ百人を超える踊り手がそれに参加した。

舞踏公演でこんな事が起こったのは、1972年土方巽の燔犠大踏鑑による「四季のための二十七晩」公演に次ぐくらいの熱気が渦巻いた。そのときは、土方巽、芦川羊子、小林嵯峨、玉野黄市、和栗由紀夫らの出演で、「疱瘡譚」、「すさめ玉」、「碍子考」、「なだれ飴」、「ギバサン」、などの土方巽演出・振付・出演(「なだれ飴」を除く)作品が連続公演された。

大きな違いは、かつてのそれがすべて土方巽ひとりの演出・振付であったのに対し、今回は40名の舞踏手による共創であった点だ。こんな例は舞踏史上にも、現代ダンス史上にも例がないに違いない。この中で塾生たちは例年のように、自分の作品だけでいっぱいいっぱいになるのではなく、毎日他の人のコーボディ作品を踊り抜いて生長した。まるでここに突然枯れない創造力の泉が湧きはじめたかのような奇跡だ。これはいったい何なのか?何が起こったのだろか?その謎の全貌を解いていこう。


<癇の花>を踊る

 

癇の花とはなにか

まず、癇という見慣れぬ漢字に誰もが戸惑うだろう。わたしもこの言葉を前に十年以上も足踏みを続けていた。だが、長年土方がいう<癇の花>の実例を直弟子のノートに探り、それらのクオリアをからだの中で転がしているうちに、次第にその意味の本質と共振できるからだになってきた。

「癇」とはなにか。これは間と病いだれとの合成からなる。間のクオリアと病のクオリアが共振して新しいクオリアを生み出している。間とは、二者あるいは多数者の関係であり、特定の共振パターンである。間が病む癇とはなにか。

 

癇とは、いのちがなにものかとうまく共振できずにいる状態を表す。

癇とは、いのちが圧迫やひずみや障害を受け、くぐもっている状態である。いのちはそういう状態に陥ったとき、うまく共振出来るやりかたが見つかるまで堪えて待つ。待っている間にさらに症状が亢進し、身動きのとれない不具にまで発展することもしばしばである。

だが、どんな状態になろうと、いのちはそのよじれを、<よじれ返す>ことによってそこから脱出しようとする。そのすがたはたとえごくわずかな動きが可能になるというだけでもいのちにとっては悦ばしい出来事である。

癇は一見醜いが、いのちがそれを克服し、それまでにない共振パターンを発見する<癇の花>の創出は、いのち全体の財産にさえなる。<癇の花>とは、土方が最後に到達した衰弱体舞踏におけるもっとも肝要な花である(第11章参照)。

 

生命共振芸術

クオリアの<共振創発>をあらゆるジャンルに開く

いのちの持つ創造性は生命共振クオリアのもつ<共振創発>にもとづく。瞑動によって心身をいい状態に持っていけば、いのちが勝手にどんどん新しいクオリアを生み出していく。これまではその仕組に暗黙理に気づいていのちの秘められた創造力を開く術を得た人だけが芸術家になった。だが、その秘密が人に語られた例はない。たしかに、近来、下意識が秘め持つ創造性に注目する人々が現れ、自己催眠技法などによって下意識モードに導いて、その創造性を開く研究は進んできた。それらの現象の基礎にあるのが、<クオリアの共振創発>だ。

クオリアは放っておいても出会って勝手に新しいクオリアを共振創発する。だが、日常体は、日々の営みや社会生活から押し寄せてくる分厚い情報の洪水や二元論的な判断に囚われて、クオリアとクオリアの自由な出会いを起こせる環境にない。

 

瞑動で閉ざされた日常体を開く

われわれのいのちをこの日常体の閉ざされた状態から引き出し、クオリアとクオリアが自由自在に出会うことのできる下意識の非二元かつ多次元共振モードに持っていくのがサブボディ技法である。

サブボディ技法の根幹は瞑動調体にある。瞑動とは、動きながら瞑想することである。からだが見えないなにものかにゆっくりと動かされるに任せ、同時に内に50%、外に50%耳を澄ます透明体に移行していく。従来の古典的瞑想は、体動チャンネルを閉じ、思念のみに集中して瞑想してきたが、いのちの根源である体動チャンネルを閉じていては、いのちの非二元多次元共振状態になることができない。何千年もの伝統と歴史を持つ古典的瞑想は自ずからいのちの創造性を疎外する陥穽に陥っていた。

サブボディ技法は、その陥穽を打ち破り、いのちのもつ無限の創造性へ、わたしたちの日常生活を開くものである。この技法はまず、体動チャンネルを主に開く舞踏ダンスの場で20年前に発見され発展深化してきた。

 

生命共振芸術へ

だが、今日ではこの技法は舞踏・ダンスにとどまらず、視覚、聴覚、人間関係、世界像=自己像、思考チャンネルに関わるあらゆるジャンルの芸術に、誰もが参与できる可能性を開くものだ。わたしたちはこれを<生命共振芸術>と名付けた。世界中の誰でもが、ただ瞑動にからだをあずけるだけで、いのちの持つ無限の創造性、固有性、共振性を開いて、世界中でたった一人のユニークな創造者になることができる。才能などまったく関係ない。誰もが創造者として生きる世界が実現する。それはわたしのもっとも遠い夢だ。

 

 


いのちの水の流れ・モンスーンが壊れていくなかで

 

10月に雨が降る
日本でならなんてことはない。だが、ここヒマラヤでは大変な異変だ。こんなことはヒマラヤに来てはじめてのことだ。まるで大災害をもたらす天変地異の予兆だと思える。例年なら6月から9月まで4ヶ月が雨期で大量の雨が降り続き、10月から5月ははいやになるほど晴天が続いて山も空もカラカラに乾き上がる。日本から来た当初はその乾きのすさまじさにぶったまげたものだ。森の木々も苔もとてつもないカラカラのなかでかろうじて生き延びていることに驚いた。だが、ここ数年そのリズムが怪しく変わってきた。これまでの乾期の時期にも不時の雨が降るようになった。

 

図1 モンスーンが元気だった頃 大西洋深層コンベア=ON


モンスーンのリズムは大西洋北部、グリーンランドの氷が夏期にだけ溶けて大西洋深く潜り込むことによってつくられてきた。それが深海冷水流のベルトコンベアとなって南下し、夏場の赤道付近で水分をたっぷり含んだ空気となって蒸発する。その湿った空気が上空のジェット気流によって東に運ばれて、ここダラムダら付近で南北に折れ曲がるヒマラヤの壁にぶつかり上昇気流となって舞い上がる。上空で冷えた湿った空気は水分含有量が減るためそれがモンスーンの雨となって降り注ぐ。ダラムサラ地方はかつてはインド第二位の年間降雨量を誇ってきた。いわばモンスーンの番人のような位置にあった。その豊かな水がインド以東のアジアの稲作を育んできたのだ。

 




いのちからいのちへと伝わる舞踏

花と生命共振

わたしたちはなぜ、優れた踊りを見るとからだごとゆり動かされるのか。どこか異次元に存在ごと持っていかれる心地になるのか?そこでは一体何が起こっているのか?

生涯を通じてこの問を問い詰めた男がいる。世阿弥だ。彼はこの命に起こる感動的な出来事を花と呼び、生涯をかけて追求し続けた。30代から50代にかけて書きついだ『風姿花伝』では、こう述べている。

「花と、面白きと、珍しきと、これ三つは同じ心なり。いずれの花か散らで残るべき。散るによりて。咲く頃あれば珍しきなり。能も、住する所なきを、まず花と知るべし。住せずして、余の風体に移れば、珍しきなり。」

これに限らず、世阿弥の花をめぐる言葉はみな味わい深い。だが、66歳の世阿弥は娘婿の禅竹にこう書き残している。

「以前申しつる、面白きと云い、花と云い、珍しきと云う、この三つは一体異名なり。これ、妙・花・面白、三つなりと云えども、一色にて、また上・中・下の差別あり。妙というは言語を絶して、心行所滅なり。これを妙と見るは花なり。一点付けるは面白きなり。」『拾玉得花』

この時の世阿弥は生命共振を見据えていた。

一行目の「以前申しつる」は、若年の頃に書いた「風姿花伝」や「花鏡」における花や序破急の捉え方を指す。以前は、花と珍しきと面白きは一体であると捉えるところで止まっていた。ここではそこから一歩踏み込んでいる。なぜ、ある動きが花になるのか、それを面白いからだとか、珍しいからだと捉えるのは客観的な理屈付けに過ぎない。命に起こる感動は決して言葉では捉えられない、言語を絶し、心行も消滅した世界の出来事なのだ。その非二元の生命共振を指すものとして66歳の世阿弥は、これまでの花の上にさらに言葉にできない妙という境地を置いた。わたしたちが踊りに深く感動させられるとき、実際に起こっているのは言語を絶した心行所滅(心身一如となった)生命共振なのだ。起こっている妙(=生命共振)を妙と見れば、それは花だ。だが、花と捉えるのは認識であり、言葉による比喩的表現だ。言葉は、言葉を超えて起こってしまう生命共振そのものではない。それを面白いから花になるのだとか、珍しいからだと理屈で捉えると、非二元一如の生命共振からさらに一歩客観へ遠ざかる。だが、理屈で捉えてそれで終りとする態度に知識人は捉えられている。この知的偏向は今に限ったことではない。古代中世の時代から、日本の知識人は漢文に返り点をつけて解釈することを自分の仕事だと勘違いしていた。それを一点付けるという。世阿弥は若年の、「花=面白し=珍し」という三位一体論から、言語を絶した非二元の生命共振の淵に一歩踏み出している。この一歩に20年かかっている。こんなものだ。命に近づく道は遠い。わたしたちはあまりに深く意識や言語に囚われてしまっているので、若年の頃の花=面白=珍の発見を手柄にして、それが論理的思考にとらわれて生命共振を見失ってることに気づくまで20年くらいはあっという間にたってしまうのだ。

妙――生命共振そのもの

花――妙の認知、比喩的表現

面白い――評価

珍しい――客観的理由づけ

この四つの位相の間は目がくらむほど深い。思考を止め、言葉を離れなければ、生命には至れない。いのちからいのちへ伝わる生命共振に耳を澄まし続けることだ。

 

 

からだの闇を掘る
 
 
 
Hijikata Tatsumi Hosotan part 2 (1972) 土方巽 
疱瘡譚 Part 2 癩1 
からだの闇を掘る
 
 

2021年2月19日

 

時代の証言集
『きみが死んだあとで』出版!

 

映画『きみが死んだあとで』がまもなく全国上映される。
それに伴って映画の中で行われた、わたしを含む8人の山崎博昭に
関わる友人たちのインタビューが書き起こされて書物として発行されるこ
とになった。このほど映画監督の代島氏から、著者校正のための原稿が送
られてきた。それを掲載します。映画と本のなかでわたしは当時の名前、
岡龍二で登場している。

 

 

護送車のバックミラーに写った顔を見たら憑かれた顔で

「これが二十歳の俺なんやなあ」って。

 

岡 龍二さん

(大手前高校の同学年)

 

十三番目に撮影したのが岡龍二さんだった。大手前高校時代に山﨑博昭さんも参加した「マルクス主義研究会」の中心メンバーは全 員撮影したかった。岩脇正人さん、佐々木幹郎さん、北本修二さん、向千衣子さん、三田誠広さん、黒瀬準さん、そして岡龍二さん。岡 さんはインド北部のダラムサラで舞踏学校・共振塾を主宰していた。

ぼくとカメラマンの加藤さんは2019年 4 月中旬、ニューデリーへ飛んだ。ニューデリーーダラムサラ間の移動にはもっと時間

がかかった。険しい山岳部を抜ける深夜バスに揺れること 10 時間、ぼくらはほとんど一睡もできずに朝陽を浴びたダラムサラのバス停に着いた。ダライ・ラマ 14 世が暮らす亡命チベット人の街には、日本とは違う「気」が流れていた。

ヒマラヤ山脈をのぞむ岡さんの舞踏学校兼自宅の建物は「ハウルの動
く城」を思わせた。そして、岡さん本人は城を動かす火の悪 魔・
カルシファーのような不思議な、そして魅力的なひとだった。
岡さんを撮影する前に、ぼくは複数の高校同級生から岡さんにま
つわるエピソードを聞いていた。それはすべて「貧乏物語」だった。

「京大を受験するときに受験料が払えなかった。だから、
友だちみんなでカンパした」とか「電車をキセル(無賃乗車)
して駅員に捕まった」とか。父が消えてからは、母親が女手ひ
とつで男の子三人を育てたという。岡さんはその長男だった。

1969年の『アサヒグラフ』に掲載された原稿で、
岡さんは高校時代の山﨑さんをこう描写している。

《デモがあったあくる日、奨学金を受取りに行った学生部の
窓口の前で偶然出会ったぼくらは、お互いの機動隊に蹴られた
足の傷やアザを見せ合いながら、「昨日は酷かったなあ」といっ
て話し始めた。

 

「やっぱり貧乏ってことかなあ」と、もらったばかりの三枚の千円札
を恨めしそうに眺めながら闘いの動機を語り始めた君に、僕は共感し
てしまった。》

岡さんはいまも山﨑さんに共感しながら、「山﨑博昭の記憶」を

踊りつづけている。

 

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生命共振ジャーナル
 
宇宙| スムリティ
 
コンディショニング#4運搬密度
16 February, 2021

Dear Friends 

The Butoh Course will resume on Monday, 8th March!

Lets listen to the Life and dance together! 

Subbody Resonance Butoh Course 

When: [Spring semester] 8th March - 28th May,2021

[Summer semester] 7th June – 28th August,

[Autumn semester] 6th September – 26th November

[Winter semester] 6th December – 25th February 2022

Monday – Friday

10:00-17:00

[Duration] One day, One week, One month, One semester and One year course are available

[Where] Life Resonance Art center

Jogiwara village, Macleodganj, Dharamsala, Himachal Pradesh, India


 



Read more "Sinking into the darkness"

 

生命共振ジャーナル
 
シャクティスムリティ
 

Dear Dancing friends

 



How is your dancing spirit? Is it still alive?

I guess everybody is facing hardship.

Recently, fortunately, it is calming down in India and Himachal Pradesh a little bit.

We don’t know what will happen next, the third wave will come or won’t, nobody knows.

We decide to resume regular Butoh course in this chance as the following.

Please activate your dancing spirit and dance together in this opportunity at Himalaya.

 

Subbody Resonance Butoh Course

 

When: [Spring semester] 8th March - 28th May,2021

[Summer semester] 7th June – 28th August,

[Autumn semester] 6th September – 26th November

[Winter semester] 6th December – 25th February 2022

Monday – Friday

10:00-17:00

[Duration] One day, One week, One month, One semester and One year course are available

[Where] Life Resonance Art center

Jogiwara village, Macleodganj, Dharamsala, Himachal Pradesh, India

[Tuition; Foreigner]

One day          1,200rs

One week        5,400rs

One month      19,000rs

One semester  51,000rs

One year       180,000rs

(Indian people are discounted 40% from the above)

[Tution: Indian]

One day               720rs

One week          3,240rs

One month      11,400rs

One semester  30,000rs

One year       100,000rs

 

[Reservation for Foriegner]

(Early reservation is discounted 20% from the above in the case of one semester and one year course).

Reservation for one semester: 40,000rs

Reservation for one year course: 144,000rs

 

[Resvation for Indian]

Reservation for one semester: 24,000rs

Reservation for one year course: 80,000rs

 

Send the fee to the following bank account

Bank Name : State Bank of India,

Branch : Mcleodganj

Account Holder Name :  Ryuji Oka

Account Number :  31687887679

Bank Code : 04250

Swift Code : SBiNiN BB 676

IFSE/ NEFT/ RTGS : SBIN  0004250

MICR Code : 17600 2009

The address of the bank is

State Bank of India, Mcloedganj,

Teh. Dharamsala, Distt. Kangra, H.P. India. pin 176215

The address of the Receiving person is

Ryuji Oka,

Village Jogiwara, Post Office McleodGanj,

Dharamsala, Distt. Kangra, H.P. India. Pin 176219

 

[Acommodation and meal]

The tuition above is only for the class, it does not include accommodation or meal.

You can stay at the guest house near the school. The fee is around 6,000-12,000rs per month.

You can cook by yourself for the lunch at school kichen or use cheap restraint in the village.

 

Hope to see you soon!

Life Resonance Art Center

 

p.s.

Attached the newest PDF of the Practice Guide of Butoh Revolution for your study. Enjoy it!

 

 

舞踏革命 リゾーム リー

印刷版・電子版とも、アマゾンでお求めいただけます。

印刷版 3456円 (574ページ)

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電子版 1800円

アマゾン出版 Kindle版へは、ここをクリック


この二十年、ヒマラヤで書き続けてきた舞踏論のすべてを一冊に凝縮しました。

「舞踏は、土方巽によって、日本で誕生した。本書は、今や世界的になったその「舞踏」の本質を追究し、自らインドのダラムサラで学校を開いて実践し続けるLee(リゾーム・リー)が、その本質に「生命の共振」があることを発見し、真実、舞踏こそが人類を解放し得る方法であることを示している。その意味で、まさに本書は「革命の書」である
。」

この度、アマゾンでお手軽にお読みいただけるようになりました。 



キンデルのアプリで無料で冒頭部をお読みいただけます。 
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