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2020年度募集要領

生命共振センターは、年中無休、いつでも参加できます。


任意の月曜スタート、1日体験から3年コースまでお好きな期間参加できます。

3月コース 3月9日ー4月3日
4月コース 4月5日ー5月1日
5月コース 5月4日ー29日
6月コース 6月1日ー26日
7月コース 6月29日ー7月24日
8月コース 7月27日ー8月21日
9月コース 8月31日ー9月25日
10月コース 9月28日ー10月23日
11月コース 10月26日ー11月20日
12月コース 11月30日ー12月25日
1月コース 1月4日ー2021年1月29日
2月コース 2021年2月1日ー2月26日

月ー金、10時ー5時
毎週末は、センター及び、街、自然での舞踏公演。
日曜夕方から、自由共振舞踏ジャム。

奮ってご参加ください。また古い塾生の産婆としての参加も募集しています。
あなたの日頃の探求の最善を国際的な参加者たちとシェアし深めることができます。

お申し込み・お問い合わせ liferesonanceartcenter@gmail.com

英語が苦手な方はLeeまで日本語で subbody@gmail.com

からだの闇を掘る
 
クオリアと弦理論 
 2020年2月26日

 ひも理論
現代物理学の尖端のひも理論によれば宇宙の万物はすべてひもの共振パターンの変化によって生成されている。ひもは宇宙でもっとも小さい距離であるプランク長さに折り畳まれている。
プランク長さは1mのマイナス33乗、すなわち
0.00000000000000000000000000000000001m
というサイスである。原子が1mのマイナス8乗、クオークがマイナス14乗であるのに比べても極端に小さい空間で震えていることがわかる。
 Description: clip_image002

図2 ひも共振があらゆる物質をつくる

ネルギーと質量
アインシュタインは、エネルギーと質量が同じものであることを発見した。それらは相互に変換することができる。相対論の有名な公式 E = mc2乗)は、エネルギーが質量に光速の自乗という巨大な定数をかけることにより相互変換が可能であることを示している。
すべての質量とエネルギーは、ひもの共振パターンの違いによってつくられている。標準物理学では、宇宙には4種類の力(相互作用)があり、重力、磁力、強い力、弱い力の4つの組み合わせによってあらゆる物質とエネルギーは生成変容するとされてきた。
11次元空間
ひも理論によれば、ひもは11次元空間で共鳴している。プランク長さに巻き込まれた6次元の極小カラビヤウ空間と、わたしたちの日常感覚でよく知られている3つの大きな空間次元と1つの時間次元、そしてひも自体がもつ1次元の合計11次元空間でひもは共振している。
Description: clip_image004
図3 6次元のカラビヤウ空間
Description: clip_image006
図4 ひもは宇宙のいたるところで共振している

<ひもの無数性>

ひもは数えることができない。ひもの持つ重要な特徴は、それが数を超えて共振連結・分離し、1つのひもがときに2つにも3つにも分離しかつまた連結によってその数を変えることができる点にある。粒子との根本的な違いだ。ひもは誰もそれを数えることができないリゾームとしての性質をもっている。
Description: clip_image008
図5 ひもは柔軟に連結・分離することでその数を変幻する
無限の共振パターン
ひもの共鳴パターンは無限である。彼らは無限にサイズ、形を変えることができる。

 Description: clip_image012

図6 ひもの共振パターンは無限である
クオリアの共振パターンも無限
ひもの共振パターンが無限であると同様、クオリアもまた無限に変容流動する。宇宙に無限は一つしかないと思われるから、ひもとクオリアはどこかでつながっているだろう。その両者を結ぶものこそいのちである。

いのち
生命は地球上で40億年前に生まれた。ひも理論によると、宇宙の万物はひもの共振パタンの違いによって生成するから、生命もまたひもの独特の共振パターンによって生まれたことになる。
地球に生まれた生命は、それ以前の物質やエネルギーとはまったく異なる特別な共振パターンを持っていた。それが<生命共振としてのクオリア>である。



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生命共振ジャーナル
 
 
Mushimaru
 

Butoh workshop with Butoh Master Mushimaru Fujieda

LRAC is honored to present a two weeks intensive workshop with one of greatest living masters of Butoh - Mushimaru Fujieda! 
Mushimaru is a internationally acclaimed Butoh dancer from Japan, his butoh methods open the channels of creativity and encourages potential in movement improvisation, allowing you to interpret in your own form. In the workshops he will share his embodied knowledge and personal interpretation of Butoh, which he calls ‘Tennen Nikutai Shi’ (Natural Physical Poetry). 

9th- 20th of March
Mon-Fri
10:00-17:00

Documentary About Mushimaru Fujieda 
https://youtu.be/Mcg0Ebcm81o
Documentary About Mushimaru’s workshop
https://youtu.be/-MODculKk-M


To get more info, or register, please email to
liferesonanceartcenter@gmail.com



小林郁代(ヨギ名 イシタ) ヨガクラス 

●Daily Yoga Class 8:30-9:30 
●New Moon Meditation 19:00-21:00 (10th of March)
●Two hours Intensive Yoga Class 10:00-12:00 (21st of March)

※On the process of Kundalini awaking or any mental issues please ask more guidance before your join the class.

9th-21st of March
Mon-Fri
8:30-9:30

To get more info, or register, please email to

liferesonanceartcenter@gmail.com

 
 
 Honza


Open Butoh workshop with Honza Svasek

Butoh used to be an underground, revolutionary art. A rebellion against tradition and establishment. 

This was in the 60's and 70's of last century.

This century, contemporary commercial Butoh has established itself in the mainstream as a scene with workshops, traditions, text books, rules, regulations and political correctness.

Free Butoh is an effort to deconstruct these modern Butoh traditions, and get back to the original rebellious underground scene.

The happy BUTOH project, by introducing joy and happiness, disrupts the frustration and darkness that has been traditionally assigned to Butoh.



23rd of March-29th of May
Mon-Fri 
10:00 - 17:00

To get more info, or register, please email to
freebutoh@gmail.com

 
からだの闇を掘る
 
非二元と二元クオリアの自在往還
2020年2月21日

非二元=八覚往還

非二元クオリアに耳を澄ます

瞑動によって日常の心身を鎮めからだの上に耳を澄ますと最初に出会うのは何ともわからない感じだ。

「これは感覚?想像?夢?幻想?情動?」

それが何であるか、すべてが混合一体化しているようで意識では判別できない不分明なものです。これを「非二元クオリア」と呼ぶ。

もともと単細胞だった生命には五感が分化していなかった。ただ一個の生命としてあらゆるクオリアと共振していた。いまもわたしたちのからだを構成する百兆個の細胞のいのちは、原初生命同様に重力、太陽の光、空気、温度、水分、音などの外界の無数のクオリアと同時に共振している。それらのいまここで共振している外クオリアばかりではなく、それらの40億年間の生命記憶のクオリアも内クオリアとして細胞内に保存されていて同時に共振している。非二元クオリアとは、これらすべての内外クオリアが混交し、一体化しているものだ。それはたえず変容しつつ流動している。これがいのちの非二元クオリアを明確に判別できない理由である。

非二元=二元ゆらぎを踊る

瞑動を続け、からだの姿勢を変えながら耳を澄ましていると、ときにある特定のクオリアが8チャンネルのクオリアとして現れてくることがある。温かい/冷たい、重い/軽いなどの体感チャンネルのクオリアや、自発的な動きのクオリアとなって出てきたり、ときには視覚的イメージや、音声・音楽の音像として訪れることもある。情動や人間関係、または世界像=自己像の変化、さらにはふと思いつく思考や言葉として現れることもある。そしてまた、非二元の国に返っていく。

これがクオリアの<非二元=二元ゆらぎ>であり、<リゾーム=ツリーゆらぎ>である。クオリアは常にそれらの間で揺らいでいる。そのゆらぎに耳を澄まし、からだの闇から出てくるものに全心身でついていくと、それがあなたのサブボディ=コーボディになる。

踊りながら、今自分は非二元クオリアを踊っているのか、どれかのチャンネルのクオリアを踊っているのか、透明に行き来すること、それが<非二元⇔二元自在往還>技法であり、<リゾーム⇔ツリー自在往還>技法である。

 
からだの闇を掘る
 
HOME --We are One Life on this planet
 2020年2月15日

わたしたちはこの星を家とするひとつのいのちだ

いのちとはなにか?

現代ではいのちは「死ねば死にきり」と、個人に属するものであるかのように受け取られている。わたしも、若いころはそうだった。だが、それだけでは、いのちを捉えることはできない。

いのちとは何か

1.    わたしたち成人のからだは、およそ 100 兆個の細胞からなる。一つひとつの細胞はいのちを持っている。わたしたちのからだは、100 兆

個のいのちの共振体である。個体としてのいのちと、共振体としてのいのちは、どう関係しているのか。あるいは、いのちは物体のように誰かに所有されるものではなく、分かち持つという形で、それにいっときだけ参画できるものなのではないか。これが、いのちへの「第 1 の問い」である。

2.        個体としてのいのちは、100 年に満たないう寿命しかない。だが、わたしたちのからだを構成する 100 兆個の細胞に、「いくつですか?」と尋ねると、すべて等しく「40 億歳だよ」という答えが返ってくる。

そう、40 億年前に、地球上のどこかで生まれた原初的な生命以来、細胞分裂と種の分化を通じて、今日の多様な姿にまで生長してきたいのちは、ただ一度も途切れることなく、今日のわれわれのからだの細胞にまで続いている。

若いころに読んだ、若きマルクスが書いた一節を思い出す。

「死はたしかに個の生命を襲う残酷な力である。だが、人間は個としての存在のみならず、類として個体の死を超えて生き続ける類的存在である」(『経済学・哲学草稿』カール・マルクス)

個としてのいのちと類としてのいのちは、どう関わっているのか? 若いころに抱え込んだ謎は、70 歳になった今もなお解ききることができない。これが、いのちをめぐる「第 2 の問い」である。

3.上の問いは、人間の個と類の問題に留まらず、人間以外のいのち全体、40 億年前の生命誕生以来、延々と続いている一つの巨大な生命潮流としてのいのちとして捉える視点が必要だ。

個のいのちが尽きれば、預かり物を返すように、わたしたちはいっとき借りていたいのちを、巨大な生命潮流としてのいのちに返す。そう理解して、死を受け入れることができるようになった。だが、それで謎が解けたわけではない。むしろ深まるばかりだ。いのちとは何か。この問いは、わたしが出会ったもっとも深い問いの一つだ。まずは、読書の方々と分かち合いたいと思う。

クオリアとは何か

からだを構成する 100 兆個の細胞のいのちに、40 億年間生き続けているすべての生きとし生けるものを含む「巨大な生命潮流としてのいのち」に耳を澄まし続けていると、いのちはいっときもじっとしていず、たえず何かと共振して微細に動き続けていることに気づく。体感とも記憶とも夢とも想像とも妄想とも分別できない、「何か捉えがたいぼおっとしたもの」がからだの中やまわりを流れているのが感じられる。それを本書では<クオリア>と呼ぶ。<クオリア>とはいのちが共振しているものすべてを指す。いのちあるものと、ないものとを分かつのは、クオリアを感じるか否かにある。どんなバクテリアやアメーバのような原始的な生き物でも、すべてクオリアを感じ、クオリア共振を通じて生き延びている。だが、コンピュータやAIなど情報処理機器は、どんなに進化してもクオリアを感じることはできない。いのちだけが感じることのできる<クオリア>とはいったい何か? それは言語や情報とどう異なるのか?

生命体としてのわたしたちにおいて言語意識が活動する以前に、からだの闇で、からだの全細胞や脳内の神経細胞間で共振している「下意識域でのクオリア共振」がまず存在する。それを基盤に、クオリアが言語化され、言語思考が成り立っ。

クオリアはいのちにしか感じられないものだが、言語化した途端、機械語に翻訳し、コンピュータなどの機器にも使用可能な情報になる。いのちにとって、意識は極小部分でしかない。むしろ、無意識や下意識の知られざる膨大な闇の中でこそ、細胞のいのちは無数のクオリアを感じ、呼吸し、共振している。

 粘菌先生たち


生命共振としてのクオリア

<クオリア>とはわたしたち人間の意識のみならず、100 兆個の細胞のすべてが感じている、<生命共振としてのクオリア>を意味する。人間だけではなくバクテリアやアメーバのような原始的な生き物のいのちも、クオリアを感じ生存のために活用している。クオリアは細胞のいのちにとって、生きるためのメインツールなのだ。

このことに気づかせてくれたのは、わたしにとってのいのちの教師「粘菌先生」たちだ。2000 年にインドに移住したとき、わたしは故郷・和歌山の南方熊楠博物館を訪れ、そこに展示してあった「キイロタマホコリカビ」のシャーレを一つ分けてもらい、こっそりヒマラヤで観察を続けた。毎夜毎夜、粘菌を眺めて暮らした。餌になる米粉小麦粉などをシャーレに入れると、一晩の間に粘菌は新しい地図を創る。

その動きは、当時発見されたばかりの大脳の海馬で生まれた新生神経細胞が、脳内の栄養物質に共振して脳内にネットワーク網を伸ばしていく動きとそっくりだった。わたしは粘菌先生から、細胞のいのちがどのようにクオリアと共振して活動しているかを目のあたりに学んだ。クオリアとは何か、という問いは、いのちとは何かという問いと同じだけ深い。

共振とは何か

ヒマラヤで、いのちに耳を澄まし続けていると、細胞のいのちが外界のあらゆるものと、微細に共振していることに気づきはじめた。そしてあらゆる現象を共振として捉え返そうという、長い試みが始まった。

ここで<共振>という言葉が出てきたのは、当時のわたしが物理学の「ひも理論」を読みこんでいた影響だ。

ひも理論によれば、それまでの物理学の標準理論の基礎になっている、電子やクオークなどの粒子や、重力、電磁気力などのエネルギーは、すべて微細な振動するひもの共振パターンの変化によってできている。

それを読んでわたしは、この宇宙のあらゆる物質やエネルギーが<ひも共>からなるのだとしたら、生命や生命が感じるクオリアもまた、ひもの共振パターンの変化によって生まれるのではないかという仮説を立てた。

共振には主体も客体もない。どちらからともなく起こる。そして、共振は違った二つのものを、共振によって一つにする。2 が 1 になったり、多が 1 になったりする。その逆も起こる。クオリア共振は意識でコントロールできるものではなく、勝手に絶えず変容流動している。数で数えられるものでもない。

これらの<いのち>、<クオリア>、そして<共振>という三つの謎を、わたしは生涯探求し続けてきた。」

 

生命クオリアの多重共振

この20年の生命クオリア共振の探求の中でなかで発見した最大のものは、生命が共振しているクオリアは、つねにいまここでの物理的な外クオリアと、細胞内に生命記憶として刻印されている内クオリアとが、二重に共振しているということだった。クオリアを内外のふたつに分類するのは、日常意識にも理解しやすくするための便法で、実際はクオリアは内外などにこだわらず、多次元的に共振している。だが、それは意識には把握しにくいので、二重共振として捉えることから始める。

各自の傷や結ぼれのクオリアを、創造に転化するのが舞踏である。共振塾では、各塾生は自分のからだの闇にくぐもっている影の人格やノット・ミー、解離された人格、思い出せない記憶、囚われている悪癖や悪夢やトラウマなど、生きるために解かねばならない謎と秘密を深く掘り下げ踊り続ける。その謎が深ければ深いほど、そのクオリアは単に個人的なものではなく、人類が共有している元型や祖型クオリアと共振しており、さらに細胞に生命記憶として刻まれている原生的なクオリアとも深淵で共振している事実に直面する。人間個人が体験する深淵のクオリアは、祖型・原生的クオリアと重層的に多重共振しているというのが、<クオリアの多重共振>である。

人間各自が個人として囚われている深い固有クオリアは、意識では思い出すことのできない乳幼児期の原体験クオリアや、分娩前後のクオリアと遠くで共振している。そして時を超えて人類の祖先が体験し、集合的無意識の底に沈んでいる元型や祖型的クオリアとも共振している。さらに40億年の歴史を持つ生命記憶の各時代の原生的なクオリアとも遠くで共振している。すべてのクオリアは重層的に多重共振しているのだ。


Description: Life-reso-turtle600


生命共振舞踏とは

わたしたちは、あらゆる生きとし生けるものの苦難と痛みと共振する。人間だけではなく生物の種を超えて、わたしたちは一つのいのちだからだ。

からだじゅうのあらゆる細胞も、草も虫の細胞もバクテリアもみなひとしく40億歳のいのちだ。「人間」という最大の思い上がりを脱ぎ、いのちになる。いのちとして共振する。それが生命共振舞踏だ。これまでサブボディ舞踏を続けてきたが、サブボディになるだけではまったく不十分だ。いのちにならなければ。世界中のいのちが生きやすい世界を創る、いのちの世界革命を担えるようにならなければ。

生命の共振力の回復

舞踏が起こそうとしている革命は、まだあまり気づかれていないが、生命の持つ共振力の回復にある。土方が書いた『病める舞姫』は、その<生命共振の奇跡>を描いたものだ。そこでは人は現代の人間観を離れ、人類最初の思想であるアニミズムに深く覆われた、見えないものと無限に共振している人々の姿が描かれている。近代の人間概念の枠の中で、人間はあまりにも自我に囚われ、他のか弱い生命や、その障害と共振する力を失っている。それは、生命の未熟な形態に他ならない。土方が目指した生命の舞踏とは、近代の物質科学によって見えなくされた背後の世界との無限の共振を回復しようとするものだった。それは人間という概念をいのちにまで拡張しようとする動きなのだ。思考を止め、からだの闇に耳を澄ますと、いのちが地球上のあらゆるものと共振していることが分かる。あらゆる障害や悲惨を含めた、幸福と不幸のすべてに共振してかすかにふるえている。なぜなら、われわれは人間であるばかりではなく、同時に地球上で40億年間生きのびてきた一つのいのちなのだから。人間が自我や自己という狭い殻を脱いで、生命としての共振力を回復することは、今世紀の課題である。それには長い年月がかかるだろう。だが、その長いプロセスをたどることだけが、世界を変える唯一確実な方法なのだ。





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舞踏とはなにか・

Gadu Doshin

 

Gadu


- 初心者向け舞踏コース
4月2日
春学期スタート!

お申し込み・問い合わせ 


Butoh is a contemporary Japanese performance art form that began in late 1950's. Originally started as an anti-establishment, anti-traditional dance theater, Butoh explores the relationship between our mind and body, and it questions our soicety's perceptions of the body and the ideas of "beauty." Though it is considered as a underground art form, Butoh is practiced all over world.

Gadu has been practicing Butoh since 2005. He has studied Subbody Butoh with Rhizome Lee in Dharamsala, India from 2007 to 2012. He became a Certified Butoh Instructor in 2012  from Subbody Butoh Foundation. 

As Gadu's understanding of Qigong and Butoh developed, he realized that Butoh can be taught not only as a performance art form, but as a spiritual practice or moving meditation technique.  Doushin Butoh was created to deepen our understandings of the relationship with ourselves and everything around us. Using physical methods of Subbody Butoh and energetic understandings of Spring Forest Qigong, a Doushin Butoh practitioner will experience everything in the Universe as a form of "Resonance," which one feels as physical sensations.  Being guided by these sensations, the practioner lets his or her body move without restrictions.  

These movements are unique to each body and can help to release physical and emotional blockages in the body.  You can "perform" these movements or simply practice as a healing movement method.  

To register, please complete 
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If you have any questions, please feel free to
 Contact Us or call 612-703-7501

 

初心者向け舞踏ワークショップ
1月23日スタート!

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What is Butoh?

This video will explain you. (from MNOriginal)

( or try https://youtu.be/PdvFWVcnFI8)

Web extra: https://youtu.be/U4gIPkxNrvY



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生命共振ジャーナル
 
藤枝武丸(2016)-武藤(後編)
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からだの闇を掘る
2020年1月2日 

   

新年の小さな贈りもの

 

生命40億年目の新年おめでとうございます。
今年もよろしくお願い申し上げます。

新年の小さなプレゼントとして、書き上げたばかりの『舞踏革命実技編』をPDFでお届けします。

特に第一章から第三章と第十二章をお読みいただきたいと思います。それ以外の章は具体的な舞踏技法に特化していますが、この部分は舞踏に関係なくお読みいただけます。また、次の仕事への幕開けの位置を占めています。

わたしは現在、狭い舞踏家の世界を脱ぎ捨て、全生的な次著『生命共振哲学』の執筆に邁進しています。

『生命共振哲学』まえがき

『生命共振哲学』は来たるべき『生命共振革命』実現のための理論的かつ実践的な哲学である。
生命共振が見落とされ、あるゆる領域でいのちといのちの共振が失われている現代、わたしたちは全心身的かつ社会的領域を見直し、生命共振を覆い隠しているものの見方と、生き方を変更する必要があります。

第一章「クオリア革命」では、現代世界を覆っている物質と情報という概念が、いかに生命共振としてのクオリアを覆い隠し、目をそらしてきたかを闡明し、言語や情報が生まれる根源にある「生命共振クオリア」と、言語や情報とを自在に行き来する新しい知性への転換を提起します。

第二章「リゾーム革命」では、情報や言語が囚われているツリー状の階層秩序が、いかなる仕組みによって形成され、いかなる共同幻想の産物であるかを解明する。自然過程の中に「階層性」を見出す現代科学が、いかに「人間」の内なる階層的な共同幻想の投影によるものであるかを闡明し、それを乗り越える<リゾーム=ツリーを自在往還>する柔軟な知と行動のあり方を提起する。ヒマラヤ20年の生命共振舞踏の実験によって、振付家という単独の指導者による階層的秩序なしに、より面白いサブボディ=コ―ボディ舞踏の共創を実現したリゾーム実践を全人間関係・社会領域にまで拡張する。

第三章「共振革命」は、現代的な意識の主体幻想を撃ち、宇宙や心的・社会的領域で生起している現象を<共振>として捉える視点を提起する。現代物理学の尖端で多くの成果を生み出しつつある「超ひも理論」の「宇宙のあらゆる物質やエネルギーは、微細次元で共振しているひもの共振パターンの変化によって生成している」という<共振原理>を、物理学以外の分野にも適用し、あらゆる現象が<共振>であることを解明する。

第四章「生命革命」は、1-3章の成果を統合して、新しい「生命共振哲学」の構築を目指す。わたしの哲学上の師、フーコーやドゥルーズの生命哲学に欠けていた「クオリア」や「生命共振」、「リゾーム=ツリー自在往還」、「非二元=二元自在往還」などの実践的技法を統合し、「生命共振哲学」を再構築する。

第五章「生命共振芸術」は、これまでの狭い舞踏実験の殻を破り、全芸術領域で瞑動(動く瞑想)によっていのちの創造性を全開することによって、誰もが自分らしく生き、誰もが世界でたった一人の芸術家に生まれ変わることのできる実践的な道を切り開く。

第六章「生命共振革命」では、以上の成果を全社会領域で実現するためのリゾーム=ツリーを自在往還する組織論、非二元=二元を自在往還する運動論を展開する。

生命共振哲学は、一人ひとりが「人間」という現代最大の桎梏を脱ぎ、いのちになろうとする自己革命と、世界革命を同時進行することによってのみ実現が可能になる。世界は生命共振革命によって、生命史上はじめて<いのちの世界>として実現されるだろう。

以上のレジュメによって明らかな通り、これまで20年間舞踏家に身をやつしてきたわたしが、その小さな世界を脱ぎ捨て、革命の哲学者に転生しようとする人生最後の仕事になります。舞踏の共振塾は若い世代に任せることにしました。わたしはこれを書き上げればいつ死んでも本望です。

もし少しでも共振していただければ、一文無しのわたしの最後の仕事を完遂できるようご支援していただけないでしょうか。これが最後のお願いです。何卒よろしくお願い申し上げます。

ご支援金振込先

銀行名: 三菱UFJ銀行三宮支店

アカウント名: Ryuji Oka

アカウント番号: 462-3383192 

突然の不躾なお願い申し訳ありません。

何卒宜しくお願いします。 

リゾーム・リーこと 岡龍二

 



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からだの闇を掘る
 
癇の花 
2020年1月6日 

   

 

土方が書いた舞踏譜の多くは、彼の弟子たちの膨大な「舞踏ノート」に記されている。

その中から土方巽アーカイブの森下隆さんが、1300あまりの基本的な舞踏譜ワードをピックアップした。10年ほど前にそこを訪れたとき、森下氏が収集した1300の中から『癇の花』に関するものを探し出した。ここに紹介するのはその一部である。便宜上3つに分類したが、仮のものである。順不同にからだで味わってください。なお、土方は初心者向けの「舞踏練習譜」も多く書きのこした(第5章「歩行」参照)。

<癇>とはなにか

この言葉は日本語の意味も多義にわたる上、英訳不能なので、どう翻訳すればよいか、何年も試行錯誤を繰り返した。そのうちに<癇>の本質とは、<生命がうまく共振できなクオリア>であることが見えてきた。あらゆる問題や、その凝り固まりが<癇>なのだと、英語では、思い切って<KanDisability>と意訳することにした。<癇>を<生命がうまく共振できないクオリア>として捉えれば、土方の舞踏譜の言葉は、多くが広義の<癇の花>に関するものだ。共振しようとしても、うまく共振できないとき、生命はただそれに耐えて、よい共振方法が見つかるまで待つ。だがそのあいだに、うまく共振できないクオリアは、からだに変調をもたらす。さらに、それが続けば、長いあいだに存在自体が<癇>に変成する。『病める舞姫』では、そういう人々が主人公として出てくる。

ここでは、

        うまく共振できない癇の体感

        心身の一部に凝結した癇
        存在全体が変成した癇

3 部に分けて紹介しよう。これらの多彩なバリエーションをからだで踊ることを通じて、<癇>とは何かをつかみとっていただきたい。

        うまく共振できない癇の体感

土方は、生命が、何かとうまく共振できないときの、一瞬の微細な体感を、実に精確に捉えている。普段は見過ごしがちな、それらの奇妙な体感群に耳を澄まして探れば、誰もが固有の<癇>を見つけることができる。

きしむ空気
えぐられて溶ける

こめかみを植物がはう

こめかみから鳥が飛び立つ

どこまでも壁に染みる

ヒビが入る

ぶれた花がさまよう

むずがゆさ

もやの中へ消える

ゆくえをからだの中に入れる

メスカリンの神経の重層

  一瞬の網の目に捕捉

  下痢に雨が降る

  体の中の針金

  体の中を機関車が通過する

  余白で成り立つ

  俯瞰される

  光に襲われる

  光の蜘蛛の巣

  兎に囓られる踝

  内臓が体の外にぶら下がる

  内臓から鶴の首が伸びる

  内臓の水路を上に辿る

  剥離 

  吸い取られる呼吸

  埃の飼育

  墓守の顔に変貌

  奥歯に染みる隙間風

 しっぽが生えて開く骨盤

   接吻されている老婆

 曖昧なものを正確に包囲

 木目をたどる指先の感触

水晶に閉じ込められる

無数の視線の通過

空間を裂く視線

耳の内部をさまよう

焦げる羽

胸の小部屋に鍵がかかる

膿をずるずると引っ張る

追いかけられる馬鹿

遠くの森から少女が近づく

闇を携えせり上がる

頭蓋の中に木の葉がはらはらと落ちる

などはその象徴だ。

誰もが無視している些細なものだが、よくよく探れば思い当たる微細な体感群だ。土方は、からだの闇に、一心に耳を澄まして、これらのクオリアを取り出した。

        心身の一部に凝結した癇

そして、それらはやがて、くぐもり、ひきつり、凝り固まって、かさぶたとなる。心身は一如なので、心の凝結とからだの変形が一つになるのだ。これらのかすかな変調も、凝り固まると、さまざまな凝結や奇妙な形に、固形化する。土方は、からだの踊り場に起こる、これらの変形し歪んだ形を収集し続けた。これらが、もっとも典型的な<癇>である。

岩の蝉の目玉
引きつったかさぶた

あばたの男

つまむ奇妙な人

ぶれたまま固まる

よだれを垂らす子供

カサカサに乾く内臓

ギブスをはめた人

ゴヤの膿の顔

ざくろ歯の顔

ドライフラワーの顔

内部に塗り込められる顔

前方にぶれてゆく顔

右目と左半分が溶けている顔

暗い煤けた顔

森の顔

爪と歯の起源

目と口の中のほこら

真に救われない顔が出る

老婆の干しぶどうの目

肉の区分けをする男

        存在全体が癇に変成

これらからだの踊り場の変調が、凝結して<癇>となる。やがてそれが全心身に波及すると、不具や奇形となる。<癇>の最終形態だ。だが、目をそむけてはならない。近代の情報管理システムによる「差別語というめくらまし」で、見ないふりをして通りすぎてはならない。これら、見放された悲惨の極地を踊り、花に転化する「生命の舞踏」だけが、かれらの不幸と真に共振できるのだ。

25年間寝たきりのフラマン

いじけた若い墓守

せむし

だらしない少女

ぼおっとした馬

アウシュビッツ

オルガンを弾く幽霊

ソコヒの少女

フラマンの剥製

ミショーの人物乞食の崩壊

人形がぶすぶすと燻る

仮面の裏の熊の顔

内股のヤモリ

剥製化した蜘蛛の巣

土塊の人形の生成と解体埃でできている人

壁に塗り込められた人

子供の顔をくわえた幽霊

密度の牛

小児麻痺の狂人

崩れてしまいそうな危うい人

湯気の膿の衣を引っさげた法王

暗い瓶が危うく立つ

紙の上で踊る虫にアウシュビッツが重層する

背後の闇に包まれている少女

…など、存在全体が<癇>そのものに変容する。これらの<癇>をいったい、いかにすれば<花>に昇華することができるか。それらをただ並べるだけでは、美とはならない。のっぴきならない生命の、ほとばしりとしての必然の踊りの中で、最適の<序破急>を発見することによって、はじめて胸が震える<花>に転化する。共振したくて仕方がないが、できない、できない、できない…長い間できないまま、耐えて、待って、待って、待って、ついに一つの、のっぴきならない動きが創発される、その瞬間を捉えて踊ることだ。そのとき、醜い癇の蠢きが、得も言われぬ美に転化して、どんないのちも共振を禁じることのできな<癇の花>に昇華する。

この極意を極めよ。からだの闇でうずくまり、くぐもり、ひきつり、かさぶたとなっているクオリアを掘り出せ。そして、それがどう動き出したがっているのか、どんな共振を求めているのか、探り抜け。誰のからだの闇にも、<癇>は存在する。ただ忘れさり、気づけなくなってしまっているだけだ。

自我という最大の<癇>

自我は、<癇>を知らない。目を背け、忘れ去ってしまっている。そんなもの俺の中にはないと、逃げ出そうとする。実は自我こそ最大の<癇>、<癇の中の癇>なのだ。自我は、自分が<癇の中の癇>であることも、もちろん知らない。自我は、<癇>から目を背けさせる、最大の<癌>である。

土方が、

「人間の条件をすべて放棄することだけは忘れないでもらいたい」


と言い続けた真意は、自我を捨て去れということだ。その自我を止めなければ、からだの闇の<癇>のクオリアからの、かすかなシグナルを捉えることさえできない。いつかは最大の<癇>である、<自我>をも踊らねばならない日が来るだろう。その日は遠い。一番最後になるかもしれないが、自我という<癇>の消滅、自我という最大の<癌>からの自己治癒は、現代人すべての課題である。

癇の歩行

舞踏譜「癇の花」に掲載した土方巽が生涯をかけて収集した癇のクオリアをからだに通す共同研究をした。そこから抜粋して下記の癇の歩行の舞踏譜を創った。

癇の歩行

1. 灰柱の歩行

2. きしむ空気

3. 内臓からこめかみへ植物が這い上がる

4. それが鳥になってこめかみから飛び立つ

5. 行方をからだに入れる

6. 機関車がからだを通り抜ける

7. えぐられて溶ける

8. からだのなかのワイヤ

9. 壁に染み込む

10 裂ける

11. 岩の蝉の目

12. 引き裂かれた神様

13. 25年寝たきりのフラマン

この舞踏譜を練習したのち、わたしは皆に宿題を出した。土方の癇のクオリアの中から深く共振できるものを選んで独自の舞踏譜を創ってくること。最低3行、最大10行ほど。すると、次の日皆がほとんど独自のクオリアを集め、土方の癇のクオリアともうまく噛み合わせて、いくつものユニークな舞踏譜が出揃って驚いた。なんだ。やればできるのか。いまままで、舞踏譜をつくるという課題に挑戦しなかったのは、わたしが言葉が苦手だという、わたし自身の限界に規制されていたに過ぎなかったことを思い知った。いつもこれに思い知らされる。産婆であるわたしが皆の創造力の爆発を抑えつけていたことに。だが、これからはこの経験をもとに、どんどん舞踏譜による舞踏の共創に挑戦していくことができそうだ。今までにない新しい地平が開かれた。



「からだの闇」をもっと読む

からだの闇を掘る
 
土方舞踏との出会い
2020年1月2日 

   

 

  青白い人間概念が砕け散った

 わたしは 1972 年、京都大学西部講堂で行われた土方巽の「燔犠大踏艦」  1 回京都公演の現場で、青白い魂を断ち割られて立ち竦んでいた。

 暗い舞台に敷き詰められた、古畳や戸板の陰に長い間潜んでいた舞踏手た ちが、最後の最後に水俣病患者さながらの、ちぢかんだ手足をもそもそと動かして踊りだしたとき、わたしは追い詰められて泣いた。わたしの青白い人間理解は、そのとき根底から転倒させられたのだ。

 それまでわたしは、西洋哲学から学んだありきたりの人間概念、すなわち頭は理性の座、顔は良識の窓、まっすぐ意志的に動く健康なからだ、肉体の下のほうに欲望がうずまいているというような、ピラミッド型の人間理解に囚われていた。だが、土方舞踏の舞踏手たちは、顔の真ん中に無意識を噴き出し、ゆがんだからだは何者かに操られ、乗っ取られ、苦悶にゆがみ、良心なんぞは尻の穴に半分突っ込まれてぶらぶら揺れていた。わたしの青年期の人間概念は、ひとたまりもなく砕け散った。それが何とも爽快だったのだ!

 帰りの寂しい夜道、わたしはかれらの踊りをなぞるように踊り狂った。わたしは 22 歳だった。舞踏を生きたいと思った。学生結婚していたわたしの身重の妻が、わたしの狂態を諫めて止めた。

 その一夜以来、わたしは 22 年間踊らなかった。すぐに生まれた子供の子育てと、不慣れな身過ぎ世過ぎに追われて、長い間生き迷った。子育てをほぼ終えた年、まとっていたつくりかけの家を脱いで、わたしは舞踏家になった。

  わたしが舞踏家として生きる決心をしたのは、はじめて土方の舞台を見てから 22 年経た 1994 年だ。

  だが、頭の中で 22 年前に見た土方の舞踏から受けた衝撃が、まるで巨大な釣鐘で頭をゴーンと殴られたように 25 年間鳴り響いていたのだ。そのような舞踏を踊りたいと思った。だが、そのときすでに土方はこの世にいなかった。

 第  2 世代、第 3 世代の舞踏家たちが「BUTOH」と呼び変えて舞踏を名乗っていたが、わたしには、それは土方舞踏とはまるで別物に見えた。何が違

うのか、直観では違いが分るのだが、それをうまく説明できなかった。 

舞踏とは何か。わたしはただ、自分のからだの闇に潜り、土方の踊りから受けた衝撃が、どこから生まれたのかを探り続けることしかできなかった。長い間、泣いていた。舞踏とは何かを探して、闇をさまよい続けていた。からだの闇は寒いところだ。誰もいない。物音一つしない。ただ、真っ暗な暗闇に坑道を一つ、また一つと掘り続けるしかなかった。

 からだの闇を掘って、10 年があっという間に過ぎた。わたしは日本を離れ、世界を踊り歩くことも止めて、ヒマラヤ・インドに小さな練習場を開いた。日本や西洋社会にいては情報が多すぎて、からだの闇に耳を澄ますことができないと感じたからだ。ヒマラヤにきて 5 年が過ぎた。意識を消し、からだや下意識と同じくらいにまで鎮めることで、はじめてからだの中を流れ変容しているクオリア(意識ではなく、いのちが感じているあらゆるものの質感や、体感、実感の総称)がつぶさに感じられるようになる。そして、それをたどることで、ようやくわたしは、からだの闇から舞踏の巣を見つける鉱脈にたどり着いた。

  わたしは土方独りが見つけた舞踏を、誰もが自分のからだの闇を掘る中で見つけ出すことができる、坑道を探していたのだ。土方は自分の舞踏をただ踊って見せることと、自らが踊ることを止めた 1973 年以後は、弟子たちに振付けることで伝えようとした。おびただしい独特の舞踏言語が、土方全集や生徒たちのノートから伝わってくる。土方の舞踏と舞踏言語が何を伝えようとしているのか、自分のからだの中でそれと共振するクオリアを見つけ出す以外に、わたしには方法はなかった。それに 10 年かかった。

 舞踏とは何か

 土方の舞踏を、舞踏たらしめているものが三つある。

 1.人間の条件を捨て、死者狂者不具者と共振するからだになる

 2.人間界以外の異次元を開畳し、転生する

 3.異界からこの世を見つめる臨生のまなざし

 これらを抜きに、土方の舞踏はない。逆にそれ以外の、白塗りとか、ガニ股とか、たまたま現われた見かけ上の特徴から理解された舞踏理解は、どう 

でもよい仮象に惑わされた誤解でしかない。

 土方にとって舞踏とは、人間概念を拡張する闘いだった。西洋のダンスは、人間のいわゆる美しい姿や健康的な躍動のみを美とすることで、その狭い世界を形作っている。そのいわゆる「美しい」ダンスを、青年の土方は踊ろうとして踊れなかった。いわゆる日本人のガニ股の足で、バレエやモダンダンスを踊ろうとしてもこっけいでしかない。

 そこに土方は西洋流の人間概念が、すらっとした肢体、よく伸びる手足、ジャンプなど、理想的な形を美の典型として見せつけることによって、「そうできない人間に対する威嚇として働く残虐さ」を見てとったのだ。それは狭い人間概念に、人を閉じ込めようとするものではないのか。

 逆に、いわゆる西洋のダンスが美として認めないものの中に、これまでにない美を発見すること、これが土方舞踏が掘りぬいた最も本質的な、第 1 の仕事だった。

 ちなみに<開畳 >とは、英語の「fold-unfold」に対応する、わたしの造語で、<微細な空間に折り畳まれていたクオリアが開かれて出てくるさま>を指す。これからも多々、登場してくるので、注意をお願いしたい。

 人間の条件を捨てる

 土方が、舞踏の門下生たちに真っ先に伝えたことは、

人間の条件を捨てる。これだけは間違わないでくださいよ」

であった。

自分が人間だなどと思い上がっている限り、その枠に囚われ舞踏などできない。異界に転生するための、それは必須の課題なのだ。その課題は、概要三つある。

 第  1 に、土方の後期舞踏を一貫する衰弱体の収集の作業は、水俣病や、らい病、疱瘡病、老婆、愚者など、世界中の死者狂者疾者不具者と共振するクオリアの中に、美を発見することだった。ヒューマニスティックな同情などで、そうするのではない。己れのからだの闇の中に棲む、死者狂者疾者不具者が、かれらと共振してやまないのだ。それによって近代西洋文化が秘め持つ、いわゆる健常者以外を社会から掃除して締め出す、近代人間概念の持つ 

残忍な狭さを撃った。

 第  2 は、土方の作る舞台の位相は、ちょうど世阿弥の夢幻能と同じく、この世の生きた人間ではなく、人間の条件をすべて脱いだところに現われる、もう一つの人間の層に降りて踊ることだった。生者の次元ではなく、他界や前近代の人間が生きる流動的な多次元世界(わたしが「多次元」や「異次元」などと語るとき、それは「時間」をも含む「時空次元」だと思っていていただきたい。「時間」も次元であり、わたしたちは過去とも未来とも共振しうる)を開き、そこに転生する踊りを追求した。そこは、人間と動物、生者と死者が、等価に関わりあう世界である。近代的な人間の心身を脱落させることによってのみ、その世界に触れることができる。言うまでもなく土方は、この世界とその世界を自由に行き来する力を開くことで、人間概念をはるかに拡張することができることを身をもって示したのだ。 

3 の本質的な特徴は、その異次元の世界から、いわば死者の棲まう他界から、この生きた世界を臨生するまなざしだ。ただ、他界に遊ぶのではない。かれの異界からのまなざしは、いつも何事かを強烈に問うてゆらいでいる。それが何であるかは、土方の舞踏を前に、各自が自分のからだの闇のどんなクオリアが震えるのかを体験することで知るしかない。言葉でなどで言えるものではない。 

以上が、もっとも本質的な舞踏の欠かせぬ特徴である。それ以外の見掛け上の特性など、実は、必ずしもそれである必要はないものなのだ。どうでもよいものだけが、世界にはばかることで、舞踏が長いあいだ誤解されてきた。

 多次元をリゾーム的に流動する

 死者狂者疾者不具者などとの共振、異次元転生、異界からの臨生―これらが舞踏を舞踏たらしめているものである。舞踏が、人類の世界史の中で、何事か大きな革命でありうるのは、これらによっている。白塗りやガニ股などの見かけによってでないことは、明らかであろう。

 さらにいえば、土方舞踏が拓こうとした新しい人間概念の拡張の試みこそ、かつてフーコーが予言した「人間の死」、いうまでもなく、狭い近代的人間概念を脱いで、新しい生存様式と知の様式を発見していく道を開こうとする、さきがけであった。それは、とてつもないエネルギーと長い射程を持った、

 このとんでもなく縮こまった人間外念に支配される現代世界に対する転覆の試みなのだ。



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共振塾ジャーナル
 
以心伝心 虫丸と郁代 
 Mushimaru


虫丸さんから舞踏をまなぼう!

今、世界をまたにかけてもっとも精力的に踊り続けている

舞踏家は、おそらく、藤條虫丸さんを措いて他にいないだろう。

その時の人が、今年春に続いて来春も来てくれることになった。

今年は一週間だけだったが、塾生たちは新鮮な刺激を受けた。

来年は二週間とじっくり時間をかけて

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舞踏革命・実技編

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舞踏革命から生命共振革命へ 
   


前著『舞踏革命』の冒頭に、3つの問いを掲げた。 「いのちとは、クオリアとは、共振とは何か?」というわたしが懐き続けている3つの謎だ。この『舞踏革命’実技編』は、その問いに20年間ヒマラヤで取り組んだ実践的解答となっている。
いのちの謎を解くには、頭ではなくからだごといのちになるしかない。そのためのさまざまな実践的取り組みが収録されている。
クオリアについても、当初のクオリアと言葉との二元的囚われから解き放ち、近年発見された<クオリア言語>とからだの動きでお互いのクオリアをシェアする<クオリアシェア>を始めとする実践的解答を紹介した。共振の謎についても、<共振の次元数を増減する>という新しい切り口や、<共振リゾーム>という振付家の存在なしに、生命共振だけで共創する方法を確立した。それらによって踊り手全員がサブボディ=コーボディという大きな生きものに生成変化するという、この20年間ではじめての生命共振の奇跡が起こった。この書にはその奇跡を実現するためのあらゆる方法が網羅されている。これらを世界中の人々、この世界をより面白く変えていきたいと思っている人々と分かち合いたい。



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舞踏革命 リゾーム リー

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この二十年、ヒマラヤで書き続けてきた舞踏論のすべてを一冊に凝縮しました。

「舞踏は、土方巽によって、日本で誕生した。本書は、今や世界的になったその「舞踏」の本質を追究し、自らインドのダラムサラで学校を開いて実践し続けるLee(リゾーム・リー)が、その本質に「生命の共振」があることを発見し、真実、舞踏こそが人類を解放し得る方法であることを示している。その意味で、まさに本書は「革命の書」である
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 世界生命共振
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Gadu


- 初心者コース
  with Gadu

Beginning Doushin Butoh Workshop is designed as a pre-requisite for Doushin Butoh Workshop in order to learn the basic physical methods of Subbody Butoh Method and basic meditation techniques of Spring Forest Qigong. ​​​​​​​​​

This workshop will focus on the essential aspects of Doushin Butoh:

  • Quiet down the daily consciousness and listen to the subtle body signals
  • Go beyond our physical, psychological and social bounds in order to create movements that are novel and unique to the individual body
  • Resonate with other bodies
  • Go into meditative state using Spring Forest Qigong techniques 

Doushin Butoh Workshop is a group process and this workshop requires no previous dance experience.  Anyone who would like to explore his or her hidden creative potentials is welcome! 

When:  Thursdays 6:30 - 8:00pm          


2020 Schedule (Dates are subject to change)

First Term: 1/23, 1/30, 2/6, 2/13, 2/20, 3/5, 312, 3/19


Where:  Heart of Tao Resonance Art, 2322 Garfield St. NE, Minneapolis 55418

Tuition:  $135 (for each term)


To Register, please go to: https://squareup.com/store/doushinresonance 



To register, please complete 
Online Registration Form.

If you have any questions, please feel free to
 Contact Us or call 612-703-7501

 

 

初心者向け舞踏ワークショップ
1月23日スタート!

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India
 
 

Honza


南インド舞踏キャンプ

古参生のホンザが南インドで、舞踏キャンプを開く。

各地で展開されるインド共振舞踏ツアーは、

最終的にここに合流、共同探求を深める。

When: Jan 1 - Feb 28, 2020

Where: IruWay Farm Durgadahalli, Karnataka, India

The Rural Butoh Research Camp is a place where performers, dancers and other body work oriented creators can experiment with new ways of creating a new kind of beauty.

Away from the city, the traffic and the tourists we discover the simple quiet peace of a small village next to a national forest.

The daily mind gets quiet...

Relaxing, the body reconnects with the subtle rhythms of the natural environment.

The hills, the forest, the caves, the sky, and the weather become our teachers.

There is enough time and space for individual and collective research, play and performance.

This winter the camp is guided by Honza Svasek, a visual artist and butoh performer from the Netherlands and Ivana Indjin, a performer, theater director and expressive technique therapist from Serbia.

There is a limited amount of places and the minimum participation time is one week.


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サブボディ出版
 

舞踏革命 リゾーム リー

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印刷版 3456円 (574ページ)

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電子版 1800円

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第三版のためのまえがき

舞踏は革命である。

 舞踏は、人々の日常に囚われた狭い美意識を破り、人々にとって常軌を逸したと思われる新しい<美>を発明する。

 それが可能なのは太車は、いわゆる現代の「人間」という殻を脱ぎ、そして「人間」に囚われない<いのち>になって、からだの闇を探るからである。からだの闇には、日常世界とうまく共振できないクオリアが無限に潜んでいる。

 日常の人格の影に隠れたいわゆるユングの「影」や、サリバンのいう「ノットミー」、フロイドがいう「劣等人格」たちが息を潜めて棲息している。また、ユングのいう集合的無意識域には、人類史の遺産ともいうべき「元型」イメージが刻み込まれ、それよりさらに深い「祖型」領域には人間になる以前の生きものであった時代のいのちの原生的なクオリアが、とりわけ世界とうまく共振できなかった、土方巽のいう<癇>のクオリアが無数に潜んでいる。

 二元論的な思考や判断や情報に囚われた日常意識には、それらを思い出すことさえできない。

 だが、サブボディ生命共振舞踏は、それら忘れ去られたクオリアを取り戻す方法を発見した。それが、<瞑動(動く瞑想)>である。

 情報から隔絶された静かな場所に座って、からだの闇に耳を澄ます。すると、わたしたちのからだを構成する百兆個の細胞のいのちが環界や内界のあらゆるクオリアと微細に共振し、それらによってわずかに動かされていることに気づく。その生命共振のクオリアに従って、からだが思わぬ方向や姿勢に動かされているクオリアに従う(。クオリアとは細胞のいのちの生命共振そのものである。)できるだけ心地よいリズムや速度を見つける。心地よいゆらぎに浸っていると、やがて、日常意識は鎮まり、下意識モードのからだ(サブボディ)になる。サブボディとして心地よく動かされているうちに、全身の細胞に刻み込まれている生命記憶のクオリアがからだの動きのクオリアと共振して新しいクオリアが生まれる。それが>共振創発>による新しいクオリアの創生である。

 この方法によって、サブボディ共振舞踏技法は、20年かけていのちの無限の創造性を開くことに成功した。そして、舞踏の創始者・土方巽もまた、同じ方法によってからだの闇を毟りながら掘り進めていたことも分かった。

 土方はいつも口癖のように、踊り手たちに、「人間の条件をすべて捨てることだけは忘れないでくださいよ」と念を押していた。

舞踏とは、現代の人間が囚われているあらゆる条件を脱ぎ捨て、純粋な<いのち>になる革命なのだ。

 <いのち>になると、「人間」が忘れ去った<他の人の苦しみや問題をわがこととする>生命共振の根幹に立ち返ることができる。

 自然破壊といのちの荒廃が進む現代、わたしたちにとって最大の問題は、<いのちのつながり>を忘れ去っていることにある。、人間がもういちど<いのち>になることによって、現代の地球の問題を根本的に解決する道が透明に見えてくる。

 舞踏とは、これから始まるであろう<生命共振革命>のさきがけであった。今後それは<生命共振芸術>としてあらゆる分野の芸術や社会活動の場に広がり、世界中の<いのち全体の問題をわがこととする>ことのできる人々によって地球的な規模の<生命共振革命>に深化・発展していくだろう。

   

リゾーム・リー


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